image長女についてをシリーズとして書こうと思いつつも、

今となっては落ち着き払い今では母の右腕。

中学までの5キロを毎日自転車で

お友達と頑張って通っています。

部活もそろそろスタート。

意外なことに卓球部に魅力を感じたようで

柔道、サッカー、そして卓球。

なんの関連性も感じないのですが、まあいいや(^∇^)

本人がやりたいことをやりたいようにやって貰う

という私のスタンスは変わっておりません。

私は長女を授かってからずっと

親という存在にならねば、とか、いい親になろう。立派な親になろう。

ということばかり模索しておりました。

でも、いい親ってなんですか^ ^?

 

私には分かりません(^∇^)(^∇^)

 

数年単位で考えても分からなかったので

いい親というものになるのは辞めました。

私はずっと子どもを呼び捨てに出来ないのですが、

何故かというと、子どもを私の子どもではありますが所有物では無い。

むしろ天からの預かり物。という気さえしていたので、

天からの預かり物に対し

間違っても呼び捨ては出来ない。という変なこだわりがあります。

もちろん呼び捨てがイケナイと言っているのではありません!

私が呼び捨てに出来ないだけです。

何が言いたいかというと、親、という立場になると大層偉い。

という気持ちになりそうですが、

私の場合を言いますと、

長女が小さな頃から閃く数々の言葉や行動やアイディアに、

かな〜り、深く感心してしまう事がしばしばでして、

この子、天才⁈

とか、

この人、大きくなるまでこのままの状態で成長して行くと

大変ユニークな事を巻き起こせるんじゃ無いの⁈

といった感嘆が多々あって、

これはもう、大人がこの人のアイディアやひらめきを邪魔しちゃいけないでしょう!

現在の錆だらけの大人の仕組みに当てはめてこの人を育てる事は無理。

むしろ、この人のアイディアやひらめきが新しい生き方の提示そのもの。

という気づきに至ったのです。

大人が息切れを起こしているこの社会システムに

新しい生き方を教えに来てくれている!

そう思うともう邪魔が出来ません。

それじゃ、親って何すればいいのか?

また考えました。

考えつつ模索しつつ子育て講演会とか子育てトークなどに参加して見て…。

見つけた事は、

親っていうのは

絶対的な安心安全の確保をする人、いつでも見守って、金銭的援助、身元引受人、

書類にハンコを押す人、

整理整頓、お洗濯お料理など生きる術を伝える人、

迷ったら戻ってこられる場、、

、、、そういう類のことを

一手に引き受けるのが親の仕事。

何かを子どもに教えるとか子どもに伝え残すとか、

ましてや子どもを導くとか…そういう親の姿が私の場合

なんかピンと来ないのです。

大人が口やかましく、何かを教えて身につけるというより

日常を共に過ごすことで子どもはちゃんと大人のすることを見ていて

自分が何をしたいかしたく無いか、

何を覚えたくて何を覚える必要が無いか、などなど、

全てが子どもの心に既に用意されていたんですね。

それを感じ取る心の余裕が大人には必要なのですけど、

話し合うと子どもは自分としてどうして行きたいのか

きちんと教えてくれるのでした。

大人に余裕が無いとできませんが、耳を傾けると

子どもはちゃんと知っていたのです。

どうしたいか、どうなりたいか。

なのでね、もう私がしゃしゃり出て、子どもに何かを必死に教えようと

口うるさく言うことはなかったのでした。

親が礼儀正しく、人には丁寧に親切に、

そして自分のことを大切にして生きている

という姿で生きていれば、子どもはきっと大丈夫なんですよね。

こうでなければならない、という事もなく、

こうあらねばならないという事もなくて、

ただ子どもの声にしっかり耳を傾けながらたくさん愛情を注いであげるだけ。

それで本当に大丈夫ですか?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、

それだけで良いんです(^∇^)

子どもが行きたい道は子どもが教えてくれるので、安心して見守っていれば

子どもは自分の道をちゃんと歩いて行きますよ、きっと^ ^

親の仕事って本当は大層なことは無いんですよね〜〜