大変なご無沙汰でした。

私guruは社会復帰を果たし、仕事に勤しみ日々をそれなりに張り合いを持って生きておりました。

福祉団体の新規事業立ち上げに関わっており、

新しいことを初めるというワクワク感は、癖になります。

高校時代は吹奏楽部新規立ち上げで奔走させて頂き、

新規立ち上げ。

たまらない責任感とやりがいを感じてましたが、大人になり、

またそれを味わえて幸せ。でした。過去形です。

子供達は学年も上がり、週に5日〜4日の登校でなんとか学校に行っております。

長らく癌を患いつつも気力で頑張っていた姑は、この秋にとうとう世を去り、

私には実の母親のような存在だったので、未だ姑を思うたびに

涙が出るという情けない有様です。

夫は痩せることはありませんが、それでも変わらず

家族のためにサラリーマンを頑張っています。

現在の世の中を見ていると、

どこまでサラリーマンと言う職業で食べていかれるのか?

と言う気持ちが過ぎります。

世の中が大きく変化し始めており、小さな第1波が

訪れている。

そんな気がしています。

この波に飲み込まれずに、

変化を乗りこなして生きたいものです。

さて、

子供達を見てみます。

この片田舎の小さな小学校に支援級が三クラスある。

生徒数の割合からすると

なかなかな人数だと思いますよ。

支援級利用以外にも保健室登校のお友達もいます。

さて、、、子供に何が起きているのでしょうか?

 

子供を知るために大人を見回して見ましょうか。

当たり障りのない洗練されたお付き合い。

なるべく目立たないように。

発言には突拍子も無いことを言わないように、

常に気をつける。

理解できなくても理解している振り。

空気を読む。という謎の了解事項を極端に重視。

 

コレだけでは有りませんが取り敢えず思いついたまま描いて見ました。

これと全く同じことが子供社会で起きています。

学校の子供社会で起きています。

金子みすゞさんの詩にありますね。

「みんな違ってみんないい」

誰しもおおかた

その様に思ってはいる様なのですが、

事実は違うのですね。

学校で皆と違ってしまうと叱られます。

お友達から、からかわれます。

バカにされます。

頭では金子みすゞさんの詩のように教わるのですが、

子どもたちが体験した世の中とは、

この詩とは

かけ離れたものでした。

皆と同じ行動、先生が喜ぶ発言、行動。

そうしておけば、誰からもからかわれず、

叱られない。

「わたし」という個を発揮する機会がありません。

個を発揮して叩かれるより、

埋もれて攻撃を逃れていた方がいい。

それでは息苦しくて、

学校には行かれなくなりそうです。

命は「わたし」という個を発揮する事が自然。

命を閉じ込めておくなんて息苦しくて。

 

子供たちが保育園に行く前はどうだったでしょう?

とんでもないイタズラを思いついては、それを実行

そして大人は子供のあまりの発想に手を焼いたり、

びっくりしたり。

いつから子供の行動から子供らしさが損なわれたんだろう。

いつから良い子になったのか。

思い当たりますか?

 

子供は体験から学びを得ます。

子供は、子供で無くて小さな大人を演じることを、

望まれており、子供達はどの子も素直なために、大人を喜ばせたくて、

大人が望む子供を演じてくれます。

そして、大人の手を煩わせず

手がからないので子供を褒めてしまう大人たち。

褒めてもらえたことが嬉しくて、

また褒めて欲しくて小さな大人を演じます。

さて、さて、質問。

子供ってどんな生き物でしょうか?

どんなイメージをお持ちですか?

目の前の子供が余りにも小さな大人。

だったら

どうか首輪を解いて下さいね。

子供は自由に体験したいものだし、

自由意志で学びたい気持ちを持っています。

学びたい意欲は体験して興味を持ったときに芽生えます。

座らせて、学ばせる。

ということは子供には苦痛です。

そうで無い子も居ると思いますが、それはそれで

良かったね。ということで。何よりです。

ここでは

座らせて学ばせることが苦痛な子供に向けて描いています。

学校の勉強では教えてもらえない沢山のことを、

子供は知りたいのです。

子供の命はそうしたいのですが、

子供はどの子も親や先生に褒められたくて、

一所懸命いい子を演じてくれています。

ありがたいし、いじらしいと思いす。

ところで、それが、子供たちが本当に望んでしたい事なのでしょうか。

親が問うてはダメなので、

どうぞ親御さんのその感性を全開にして

子供を感じて見て下さい。

幸せそうでしょうか。

無理して幸せな振りをさせていませんか?

大丈夫でしょうか?

無理させ過ぎた結果不登校と言うことになりかねません。

座学で望まない勉強させているのは

さぞかし苦痛かも知れない。。。

ですが、かといって、学校に全く行かない。

と言う選択をする

ということでは無くて、登校が嫌なら

好きな授業だけ参加させて頂く。

学びたい事柄がある授業だけ参加させて頂く。

と言う選択を極力して行きたい我が家です。

幸い、日本の子供は学ぶ権利を与えられており、

その権利を最大限に行使する事も良いかもな。

と、思うのです。

今は、フリースクールに登校すると

公の学校に登校したとみなしてくださる自治体も

あります。

学ぶ機会を完全に断つのではなくて、

あらゆる教育機関の

「良いとこ取り」

ということも視野に入れておくと良いかもしれません。

うちの息子の場合だと、たとえば

自然の中にでて目で見て触れて学びたい人は、

実地はフリースクールにお願いして、

自然の不思議についての座学は

公の小学校にお願いする。

そんな事ですが、

現在の小学校はそんなお願いも

聞き入れてくださる体制になりつつあります。

もし、お困りの方がいらしたら、

是非担任の先生とお話しして見ても良いかもしれま

 

 

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