以下は、先日お誕生日を迎えた長女に向けて書いた、フェイスブックの投稿を

コピーしたものなのですが、ここに記録として貼り付け。

 

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今日、一番上のムスメは12歳最後の日。
ムスメは今の仕組みの中で生きていくため、
便宜上、
発達障がい。
という、枠の中に入れられました。
それを阻止出来なかったのは、私がバカな母親だからだと仰る方がいるなら、その通りかも知れません。
バカな母親だったのでパワフルで独創的過ぎた子を、
障がい者という名前にしてしまいました。
それでも、モノは考えようで、
発達障がい児の仲間入りをした事で、
義務教育の中では
かなりゆったりと教育をしていただけたと思います。
独創的なところを敢えてそのまま活かす為に、
支援級を利用させて頂きました。
出来ないところを、無理やり頑張らせて、そこそこの力をつける事も大切ですが、やはり出来ないものはかなり努力しても出来ない様だったので、
興味もないことを、
出来ない事は頑張れば克服できる。
と言うあてにならない呪文で強制し縛ってしまう事は、ムスメの魂を閉じ込めてしまう様で、その選択肢は早いうちから私の中から消えていました。
学校の先生方は、苦手な事も
少し頑張らせて下さりつつ、無理強いしないという絶妙な引き際の見極めをして下さりながら、
ムスメを見守って来て下さいました。
世の中には苦手な事は頑張っても出来ない、という人が存在します。
比較の世界である学校(そして社会)という場では、
頑張っても出来ない、
という事実は自己否定、自己卑下に向かわせてしまう可能性を含むので、そうならない様にしたかったのですが、チョット失敗かな。
ですが、
おかしいと思うかも知れませんが、
発達障がいという名前を頂き、支援級を利用させて頂き、そのお陰でムスメの魂を然程押し殺さずに出来たのでは無いかな、
発達障がいという名前のお陰で、ムスメの魂が守られた。
と言っても過言では無いな。と、思っています。
そして、発達障がいだって言われてますが、
だからナニですか?
という気持ちなのも正直なところで、
何かの障がいがある事で、皆様にご迷惑かけていますか?
と、思ったりしています。
障がいという名前によって独創性を守られてきた皮肉。
皮肉ですが、手の焼けたムスメによって、学校の先生方の熱意や教育に対する思いを近い距離で存分に知る事が出来ました。
出会えた先生方には感謝で一杯。
嫌な思いも沢山しましたが、それは割と大人の事情からくる…個人的に母である私のことが嫌い。
などが根底にあっての嫌がらせめいたものであったりで、ムスメには実害?はそれほど無かったのでそれでヨシ、としておきます。
あ、そろそろ13日になります。
お誕生日おめでとう🎂🎊🎉
13年前、我が家で一番小さく産まれて、一番大きく育っているムスメへ。