img_0112

 

この町には、登校できない子供のための中間教室のような場所がありません。

ゆくゆくは中間教室を…という子供支援センターと教育委員会の先生方

の思いがあって、

先ずはウチの子たちに実験的に保健センターや教育会館で

1日のうちの数時間を過ごしてみませんか?

という申し出がおありで、ありがたくお願いしました。

今日はその二日目。

ウチの子供を預かっていただき、町の支援としてどんな形に整えていけば良いか、

また、子供たちに何をしてあげたら良いのか、

家庭のニーズにはどこまで応えられるか

学校に登校できるような支援に繋げるにはどうしたら良いか。

などを、我が子をモニターにして今後の参考にさせて欲しいとのこと。

登校拒否は仕方ないとして、私が気になるのは

次女が家族以外の人と接点を持たなくなってしまうことで、

引きこもっていく懸念があること。

私が子たちが引きこもっていくことは許さないので、

引きこもってしまうなら申し訳ないけど家から出て行ってもらう。

と、子供には伝えてある。

人との関わりの中でしか、磨かれないものがある。

私がいつまでも次女のそばにいて、

次女より長生きして、次女の死を見届けてから死ねるわけでは無さそうなので

次女が人と関わることを諦めてしまったら、

次女はどうやって生きるんだろう。

そんな思いもあって、

ついつい強く育つようにしてしまう。

気がつけばウチで一番きちんと身の回りのことが出来ている。

規則正しく誰からも起こされずに起床。

歯磨き、寝支度、学校から帰宅後の方付け、ウガイ手洗い、

おやつ前に宿題を済ませて、

脱いだ靴も綺麗に並べる、

お料理のお手伝い

食後のお皿洗い。

洗濯たたみ。

知的に遅れていることが大人になって致命症にならないように、

気がつけば、次女が大人になって困らないように、

私が先に死んでもきちんと身の回りのことができるように

子供皆に伝えてきたつもりが、

その目的の後ろには次女の自立をlかかげていたので、

知らぬうちに次女が兄弟の中で一番きちんと育っていた。

それでも人は一人では生きられないので、やはり外に出て行こう。

外に出て人と関わりを持って。。。。

 

生きている1日1日が、二度と繰り返すことがない日であるなら、

一歩でも外に出て、空気の冷たさ、光の暖かさ、

葉を落とした木々の深い色合いの美しさ、空の青さを感じて。

自然は日々ゆっくり姿を変えていく。

変化し続けることが生きているものの醍醐味。

微かな自然の変化を感じるだけでもいい。

外に出て、澄んだ空気を胸一杯に吸って。

外に出る動機なんてなんだって良い。

先ずは一歩出てみること。

 

今日の一歩は、学校を随分前に退職された教育委員会の先生との時間。

先生とお話して、ボールで遊んで、カードゲームして。

先生のご自宅の畑で大根を抜いて。

笑顔で帰ってきた。

冬晴れの清々しい青い空の下でみた、

久々な次女の笑顔。

ウチの子たちはこの町で新しい取り組みが始まる際、

いつもモニター的存在になる事があるけど、

それも悪くないかなと、

最近やっと思えるようになった。

パイオニア。と、思うことにした。

 

ウチの場合を参考にして頂き、

どうぞ次に繋げてください。

という気持ち。

良い形に整い、行き場のない子たちを

どうか心地よく迎えてくださる場になりますように。

そのためにお役に立てて嬉しいです。