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昨日は、次女の来年度の進路をどのようにしていくかということを

教育委員会の先生方と話し合う、教育相談の日でした。

障害がある子供たちが、保育園入園前と

保育園から小学校、小学校から中学校に進級する際に行われる話し合いの場です。

例えば次女の場合だと、

町立の中学校に進級して中学校の支援級を利用するのか、

それとも養護学校に進級するのか、ということを話し合います。

今後の行く先をどこにするのか。

本人の思いも踏まえて大人が話し合いの場を設けます。

昨日の教育相談は昨年度とはまた一味違う、

実り多き話し合いの場になりました。

こども支援センターのセンター長を務める先生が、

今年度は発達障がいにかなり詳しい中学校の校長先生をされていた方に変わり

その先生が加わって下さったことで、我が家の子供達が苦手とすること、

また学校ではこういう授業だったら受けてみたい。

そう望んでいた理由までもが明確になって、

不登校や登校拒否になっても仕方ないなあと、妙に納得できてしまいました。

 

ひと昔前は、みんな一緒に。という考えで教育が進んで行ったけど、

今はもうそういう時代ではないよね。みんな一緒にそれぞれ一緒に

そういう時代なんだ。

集団の中にいながらも子どもそれぞれの力を発揮できるような場にして行かないとね。

そんなことを仰っていました。

 

我が家の子供たちがこぞって訴えてくれた事として全員に共通していたのは、

「例えば理科だったら、実際に外に出てその植物を観察してみたり、

水のことや水の生き物の事を教えてもらうんだったら川や池に行って教えて欲しい」

という訴えで、

これはなぜかというと、

PDDの子供というのは頭でイメージ出来ないないので、実物を見て触れて体験した方が

インプットしやすいという特徴があるため。

とのことで、我が家の子供たちが訴えてくれていた事は、

むしろ自分の事をそれなりに分かっている上での発言だったのです。

上の写真は、5番目の娘ですが、この人は気持ち良さそうな草原を見ると、

足が冷たくなっても裸足で歩きたくて仕方がない人です。

これをしたいのですね。

お兄ちゃんお姉ちゃんも。

大人が思っているよりも、しっかりと子供なりに自分を感じていました。

授業が楽しめない理由もきちんと伝えてくれました。

そこにどうやって答えていこうか。

我が家の子供たちが

集団に疲れてしまうのは、仕方ない。とも言えますが、

現在の支援級全体の取り組みが、学校の先生方が熱心になる程に

結果的にPDDの子供には辛い環境を作り出してしまっていたという結果が見え、

その結果、子供は登校拒否あるいは不登校に陥っている。

という具体的な背景も、こども支援センターの先生がたにもご理解頂けたようで、

折りを見て、支援級の先生の方に支援方法を少し変えてもらうよう、

支援センターの先生からお話をしてくださる方向になったので、

これまた人様のご縁によって手を貸して頂けたため、

学校とのやりとりに疲れていた母は、非常に助かりました。

 

これから、教育者の先生方も変化して行く時が来ているのですね。

こども支援センター長さんに出会えて、

子供の教育にかすかに光が射して来た気持ちがしました。

義務教育もこれからが正念場でしょうか。

今の子供たちが心から生き心地良く学べる場となるように

学校という場が学ぶ楽しさを伝えてくださる場になることを

願って止みません。

学校や社会が求める集団の秩序とはきっと、

叩き込まれて生み出すものではなく、

個々が認められているという全受容と絶対的な安心感が基礎にあれば、

自然と集団の心地よい秩序というものが生まれるのかな。と思ったりします。

子供たちが学校が苦しくなるのは、

自ずと自然にそのようになるであろうはずの事を、

学校では無理矢理そうさせられてしまう

と、感じているからでもあり、

肌で感じる違和感でもあるのかも知れません。

 

…ただ学校の先生方も先生が信じる価値観の中で精一杯子供のためになる、

と、信じて教育されていらっしゃるので、そのお気持ちだけは本当に

ありがたく、またそのお気持ちだけは尊敬に値するものだと思っています。

それが今の時代に合うか合わないかだけであって…。

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こんな感じで、子供は

クローバーいっぱいの原っぱを見ると寝て見たくなり、

その草の中に虫が這っていたらヤダ。

とか、そう行った事は全く考えていなくて、

気持ち良さそう。

という思いでいっぱい。

その気持ちのままに動いて、学んだら良いナ。

 

で、教育相談の結果ですが、

あれこれ話が寄り道しながら、

次女の来年度は養護学校が正式に決定されました。