私の乾燥しきった手のひらの上で

季節を勘違いしたトンボが休んでいます。

 

あーーーー、この季節、ホントに手荒れがキツイです。

洗濯物の量が増えるので、一層手荒れが進みます(´;ω;`)

 

庭にはスズメや冬の渡り鳥が来て

土の上でなにやらをついばんだり、数少なくなった木ノ実をついばんでいる。

朝、晩の田んぼは、キツネが餌を探すために横切って

日中は道路や田んぼをのんびりお散歩するキジ。

横の川には毎日魚を探しに来るアオサギとシラサギ。

 

先日の次女の苦悩は

個人としての苦悩では無いのです。

個として人はなぜ生まれたのか?と言うと

やはり答えられることは色々と有るのですが

 

種として

なぜ人と言う生き物が地上に現れたのか。

と言う事を

次女は問うているようです。

個ではなく全体という視点で。

 

人以外の生き物と

生き物として対等である、

と言う気持ちを置き去りにして

まるで支配しているような気持ちになっている、

人類と言う種に対しての苦悩のようです。

 

先ずは

そういう視点から

頭を抱えてしまった次女に敬意を。

 

学校では

理科社会は教えて頂いていませんが

生き物を思いやる心や

自然を感じて日々生活する中で興味を持ち

そして感じて来た疑問なのだと思います。

 

なので、命の起源はどこから来たのか。

というところから宇宙の本を交えて説明をしました。

家でできる、どんな学年の子にも分かりやすい理科です。

 

 

 

 

種としての存在意義

 

を子供に問われてしまうご時世。

 

新聞も漢字が沢山で読みきれない。

テレビのニュースも見ない次女に問われてしまう

大人の在り方。

人としての在り方。

 

大人は今一度社会や世界に対する在りかたを見つめる時がきているのですよね。

薄々感じているのに蓋しちゃうんですよね。

誰かがやれば良いこととして。

 

大層な事はそれができる方に任せればいいのですが、

私たちは私たちができることに取り組む時なのでしょう。

 

それは全世界に向けてとか、そんなそんな、とてつもないこと、

大層な事じゃなくて

もっと微細で些細な行いで。

微細で些細な行いは

水輪のように半径内の人に伝わり広がって

その波の輪はさらに新しいうねりを呼ぶ。

私たちが出来ることは

小さな水輪の始まりになること。

 

 

日々触れ合う人たちに

どれだけ誠意を込めて丁寧に接していくかとか

食卓にあがる食べ物に日々感謝して頂くこととか

どれだけ繰り返しの毎日の中に楽しみを見つけて生きられるかとか、

どれだけ誠意を持って仕事に臨むのかといった細やかなところから

全てが始まるのでしょう。

 

子供とお散歩に出ると、

ドンドン歩いて先に進んでいく。と言うことは滅多にありません。

数メートル歩いては立ち止まり

耳を澄ませ陽に温められた氷が緩んで軋む音に氣ををとられ、

また数メートル歩いてはしゃがみこみ、足元の発見に夢中になる。

川があればまた立ち止まり

流れによってできる飛沫の当たり方で、

ツララの大きさが違うことに目を見張り。。。

大人は、大人側に子供を招き入れようと一生懸命なのですが

生きる。と言うところにクローズアップしてみると

子供の方が生き物として

持って生まれた体の各器官をフルに活かして生きており、

そのとき子どもは

個ではなくて大きな全体の一部として楽しんでいます。

 

大人がやっていることは脳を酷使していることと

不要な気をつかって生きていることが多いというところで

活かしている部分が違うことがわかります。

 

 

 

うーーーーーーーーん、

表現しきれていないので意味が伝わりにくい文章ですが

そう思っている。

と言うことで。。。。。。お願いします╰(*´︶`*)╯♡

 

そして

 

子供たちの嘆きの発端は

結局のところほとんどのものが

大人の選択と行動に起因しています。。。

 

大人がどれほど傲慢に振る舞い

子供に依存し甘え(例えば我が子だから、なにを言ってもどんな態度で接してもいいという類の甘え)

大人の価値観を押し付けて生きているのかということが、

自然の一部として存在する生き物としての本能に反している為

子どもには、かなり苦痛かも知れません。

 

命と言う自然を

最大限感じきって生きたい年齢の頃に

大人に合わせることに気を使って生きてしまうと

他の命も自分の命も祝福されているものとは思えず、

 

自分の命の声を尊重されていると感じて育たなければ

自分以外の人を尊重して思いやることなどとても無理なまま

成長していくかも知れません。

 

命あるものとして

また人がなぜ地上に存在するのかということを思う時、

それは大変勿体無いことのように感じます。

 

 

子どもと生きるって

そんなに難しくないです。

 

子どもを一人の人格あるかけがえない個人として

見てくださると良いかと思います。

 

 

あれ、、、、、

 

長くてしつこい文章ダワ^^;

 

次女の苦悩から

また沢山考え感じさせてもらいました。

私の脳にシワがたっぷり増えてくれたかな( ´ ▽ ` )?