今日は月曜日。

三女と長男、五番目の四女がお休みして家にいました。

一日中工作三昧。

食べる時以外はずっと工作とお絵描きの一日。

 

色々な会話をしながら手を動かしてアイディア出して

ドンドン作っていくのだけど

三女が手を動かしながら

『この間先生に、ホントにあなたは可愛いねーっと言われたから、

ウン、私、可愛いでしょ。って応えたのだけど、それを言ったらねえ、

自分で自分のことを可愛いって言わない方が良いよって言われた。』

『どうして?』

 

と言う。。。。

思わず吹き出して大笑いしてしまった( ´ ▽ ` )

 

謙虚が美徳なのは先生の仰る通りです。

日本的な大切な道徳心です。また、

自分で可愛いと言うと、自惚れている。と受け取るひともいるだろうから、三女を嫌う人もいるかも。

 

と、先生は恐らく沢山のことを一瞬でご心配されたようでした。

私がなぜ吹き出して大笑いしてしまったかと言うと

その先生のご心配からの言葉は

先生が日頃取り組んで下さっている活動とは裏腹な言葉だったため。

 

自分の気持ちを大切にする。

 

と言う活動なのです。

支援級という場に学びお友達との違いの中で自信を失わないよう

自己肯定感を養うようにということで。

その目的と先生の言葉のチグハグな印象に笑ってしまったのです。

 

でも、先生は

本気で娘を思ってくれてそう仰って下さっていることも理解しています。

 

三女は自分が可愛いと思っている。

そう思っている気持ちを三女は大切にしている。

それでいいのじゃないですかねえ。

ダメな場合、

ダメな理由を教えてあげて欲しいのです。

 

自分を大切に思っているので、

可愛いと思える。

 

そこからが

人も大切。

と思える気持ちのスタートじゃないですかねえ?

 

子どもの頃から

他者を尊重することばかり教えて下さっている教育機関の先生方。

他者の良いところを先ずは認めて行こう。という取り組みは良いと思います

 

子どものうちから自分を置き去りにして

他者の良いところを賛美し続けた後に、子どもの心に刻まれていくものって

 

この子みたいにすれば褒められるんだねえ。

私はこの子みたいに出来ないから、だから誰も褒めてくれないの?

だからダメなのかも。

 

という気持ちじゃ無いでしょか?

そうすると

褒められたい子どもたちは、

皆同じ方向に泳ぎだしていくのじゃ無いでしょうか。

 

そして皆と同じに出来なかった子は苦しくなります。

 

三女が

可愛いでしょ。

って言えたのは

ある意味、この人がきちんと育っている証だと思うのです。

自分を知っています。

 

そうやって自己を高め

高められた自己によって

他者をも尊重出来る。

 

そんな気がしています。

 

なぜなら

三女は他者を尊重する事を知りすぎており

疲れて学校に行かれなくなるのですから。

 

優しい子の背景をどうか読み取ってくださると嬉しい母です。

 

 

これからの世界は

自分を大切にする事を

学校でもきちんと子どもに教えることが大切になってくると思う。

この先の子供に必要な教育は

多様性のある社会をいかに心地よく生きるのかとか、

人生の楽しみ方とか。

成熟という言葉の意味合いが

私たち世代と同じ捉え方での教育はもう必要ない世界になると思ういます。

成熟とは

我慢して協調した先で手に入れた忍耐力のこと。と言う類のものじゃなく、

もう一歩次元の違った

成熟した物事の捉え方を学ぶ。とか。。。

 

そう感じている私には

 

先生の言葉に30数年前の教育を思い出し懐かしさを覚えたため

余りの懐かしさに笑ってしまったのでした( ´ ▽ ` )

 

でも、先生を馬鹿にしているわけじゃ有りません。

 

支援級の先生としては素晴らしく熱心な

子供たちにとっては母のような存在の先生なのです。

そして私たちも、先生には言い表せないほどの感謝を感じています。

 

それはそうと、明日、学校に行ってくれるかなあ。。。。。