夢が一つ叶った次女。

そこでフット頭を過ぎったことを書いておこう。

 

次女は夢が沢山あります。

そのどれもが今の段階の次女のあらゆる状況を見ても同じ境遇でその夢を叶えた人は居なそう。

例えば、大人になってモデルさんになるとか。

養護学校出の国会議員とか

お医者さんとか

県知事とか

獣医さんとか。

モデルさんになるには身長が伸びて居ないと。。

でも、これ以上発達は見込めませんと言われているので背は然程伸びないかな。

そうなると大人になってモデルさんになる夢は難しいな。

他の夢は?

さア、どうする?

夢は叶うことがないだろうとして、

さア、この子をどうする?

どうしよう。

 

で、思ったんです。

夢を叶えること

を、

生きる目的としないことだと。

生きる目的は、

生きている事そのものが喜びである事を実感する事。

日々の暮らしにその実感がある事。

夢を持つのは生きる希望になるのですが、

夢を叶えるためだけに人は生きているのじゃないです。多分。

生きていること。先ずは生そのものに喜びを見い出すこと。

そこに生きている目的があると感じられるなら

例え、夢が叶わぬものと終わっても

絶望することも無いのでは?

雨音が心地良かったとか

森の中の緑が雨に濡れて美しいとか、

水を張った田んぼに落ちる雨の水輪の広がる様に見惚れるとか

日常の断片を愛する能力さえ失わなければ、

例え夢を見失ったとしても

この地上に生かされているという喜びは溢れている。

 

そんな心を大切に

この人たちを育てて行こう。

 

夢が一つ叶ったお陰で

そして、心地よい森の中でアルバイトすることで、

また一つ大切にして行きたい心を思い出せました。

アルバイト先の森が気持ちよくて

アルバイトに出かけている気がし無いでもありません。

 

が、

立ち止まって自然の中で佇める心の余裕がある大人になれたら

きっと大丈夫だ。

この人たちは。