ハムスターの気持ちになって植え込みの生垣に顔を突っ込む5番目の小さい人。

先日受けた発達検査の結果は

グラフになって主治医の先生の手元にあった。

赤鉛筆で結果を棒グラフのように囲み

一目で各項目の出来具合が何歳相当なのかがわかるようになっている。

で、結果は

凸凹が大きい。

人は誰でも多少の凸凹(得意不得意のこと)がある。

発達障害と言うのは

その凸凹の極端さが困難さに繋がっている。

5番目の現在の一部分が赤鉛筆で切り取られ

凸凹がはっきりわかった時。

どうして私が産む子には、

いわゆる普通の子の枠内で生きられる子供が生まれて来なかったんだろうと、

泣けてしまった。

十月十日、母のお腹のゆりかごで共に過ごし、

痛い思いをしてこの世界に送り出した。

私の身体を使って、

それらが全て行われた。

だから、母としての自責の念は

この結果を見るたびに消えず。

私が生まなけれこの人たちは

いわゆる普通の子として生まれることができたのかもしれない。

かも知れない。

ということに

囚われている間は、苦悩は続く。

 

そんな事を思ったら子供が可哀想と言う声が聞こえてきそうだけど、

その思いがその時の偽らざる思いだった。

 

しばらく自責の念は消えることはないかも知れない。

でもまたそのうち

上の子供たちの時のように

自責の念と悲しみは影を潜め、

その姿を変え

明日への推進力になるに違いない。

今少し

落ち込み

グズグズ涙ぐんだりさせて欲しい。

またそのうち私のことだから

落ち込んでいることに飽き飽きして

いつものように

おっかないお母ちゃんに戻るんだ。