今日は次女の通う養護学校と長女が通う中学校の保護者交流がありました。

私は養護学校の参加者兼中学校からの訪問保護者も兼ねての出席でした。

養護学校の小学部から高等部の授業見学と高等部の製作風景の見学。

班ごとに分かれ、安曇養護学校の感想を伺ったり、中学校の様子を伺ったり

のんびりお茶を飲み、ゆったりと会は進んでいきました。

そして高等部の製作物販もあり、なかなか楽しい半日。

手芸、調理、陶芸、レザー、など様々な活動をしている高等部の皆さん。

作品は味わい深くまた美しいです。

ミシンを使い、

ひと針ひと針をまるで手縫いのようにゆっくり丁寧に縫っている男の子の生徒さん。

その慎重で丁寧な過程を経て作られたものが

美しさを放たない筈がありません。

このスピードだから出来る

心のこもった作品たち。

(…子供達よう小皿5枚、クッキー、お髪しばり、買ってしまいました。小皿足りてるのに素朴な温もりに負けた。)

で、

校内の見学が終わり班ごとに分かれ感想をシェアしあう時間。

私の中の隠された思いを自覚しました。

普通ということに憧れていたこと。

普通の中学生のお子さんがいらっしゃるお母さんや普通学級で過ごすことができて

普通に部活して、親は部活の応援に行き、

お友達や仲間とワイワイ賑やかに過ごし普通に宿題をして、勉強も部活も

頑張っている、

そんな子供を見つめる親。

を、してみたかった。

そう強く強くそう思っていた自分をはっきり自覚しました。

障がい児を育てていることで、

子供が特別扱いされて子供のためにならない

など、以前はご近所の同世代のお母さんに言われたものですが、

特別扱いして欲しいのじゃ無く、

むしろ私は

普通の子として生きていかれる子供を授かったお母さんになりたかったのです。

普通って何かわからないと言いながら、

そのわからない普通を強く追い求めていた私というもの。

これは大きな発見でした。

普通の子として生きている子を育ててみたい。

諦めきれなかった

普通。

という在り方。

普通って何か普通って個人によって違うのにね。

私がよく母に

 

どうしてあなたは普通になれないのか?

 

と言われ続けたことが、まだ私を縛っていたのでした。

母に認められなかった私自身の普通。

私が私の普通を認められていなかった

ということに他なりません。

その満たされなかった思いを

子供に託してしまっていたこと。

普通という枠内で生きられることへの憧れ。

それは

理解されたかったという取り残された私の思い。

取り残された思いは

憧れを通り越し嫉妬に変化する。

 

今もまだ理解されたいと胸の中で叫んでいたことへの驚愕。

 

今日は、それらの思いを発掘できて良かった。

この思いを発掘せずに子供たちと一緒にいたとしたら

酷い毒親になるところでした。

いや、もしかしてなって居たのかも。

私自身を見つめ直し始めると、

なぜか不登校の三女が学校に行き始めます。

見つめることを諦めるなと

言わんばかりに。