先日

中学に長女のお迎えに行った時。

車の横を通り過ぎた長女の同級生数人が

車の助手席いた次女を

なんども何度も振り向きながら

何やら耳打ちしあっていました。

話の内容はもちろん聞こえてきません。

ですが

なんどもなんども振り向きながら

こちらを見ていた事。

そして次女を見つめる

その目。

小さな町だから起きる出来事。

日々、

この小さな町だから起きている

この視線をどううけとめるのか。

という私達への問い。

その視線がある。

と言う事実。

視線の意味は追求しない。

ただ視線がある。という事実だけを見る。

ただ出来事を観察して見る。

という練習になるなぁ。。。

という私の呟きをよそに、

人の視線が怖いと感じがちな次女は

再び視線を怖いものと感じてしまい、

家に戻り、夜静かな時間を迎えた時

ソファの下に潜り込んで

出てきてくれませんでした😅

 

これだけ落ち込み怖がることを誤魔化さない姿は

むしろ見習いたいと思います。

平気なふりなんて出来ないのです。

感情を無視でき無いです。

ただ素敵なのは

平気なふりをしないので、

感情を引きずりません。

 

この人の存在から学ぶことはとても多く、

何かを伝える時

言葉は沢山必要無い。

ということも教えてもらった事の一つです。

感情を誤魔化さないということ。

見習いたいけれど、ソファの下には潜りません。

サイズ的に入れない…😅

 

人は

目の色や表情から相手の感情を読み取る。

と言うことも次女を見ていると

とても理解出来ます。

次女が怖がらない人というのは

だいたい

ゆっくりとお話ししてくださって、

次女の口から無理矢理言葉を引っ張り出そうとしません。

言葉と表情の乖離がありません。

目を静かに見つめてお話ししてくれます、

そんな皆様。

本当にありがとう。

次女を1人の人として見つめてくださり

本当にありがとうございます😊

 

その後

40分ほどソファの下にいて、

そんな次女に御構い無しで賑やかにお話ししている

他の4人の会話が氣になったようで

もぞもぞと出て参りました。

めでたしめでたし❤️