森の空気が吸いたくて森の公園に出かけました。

そこでの出来事を書きたいと思います。。。

…ちょっと感情を込めないように書きたいな。

さて、出来るカナ?

 

箇条書きにしてみようかな。

 

⚫︎歩き疲れた5番目さん。

⚫︎  帰り道の途中で園内のトロリーバス乗ることにして、バス停の先頭に並んだ。

⚫︎同じバスに乗るために、県外からお越しの障がい者施設の職員の方と大人の障がい者の方たち30名ほども後から来てバス停に並んだ。

⚫︎トロリーバスが来た。

⚫︎障がい者施設の職員の方は、先に並んでいた子供達を追い越して、同伴されている大人の障がい者の方がたをバスに乗せた。

⚫︎バスに障がい者の方を乗せている職員の方々。先に並んでいた子供達や私には目もくれず一言の声がけも無し。

⚫︎子供達はびっくりして泣きそうだった。

⚫︎障がい者の方と職員の方の一部を乗せて、トロリーバスは満席になったので、子供達と私はバスに乗れず、徒歩で帰路につく。

 

私は障がい児の親です。

だから敢えて声を出して言いたいこと。

それは、

 

障がい者の世界を特別に隔離されたものにしているのは、

障害のせいだけじゃ無いのですよ。

ナゼこんなに

障がい者、児、と社会がかけ離れたものになったのか。

それはきっとこんな事も理由なのかなと思う。

 

保護的立場の人が手を出し過ぎる。

と言うことです。

 

障がいがあっても、1人の大人として

労わる、思いやること。

それは、1人の立派な大人として身につけられるよう

障がい者が小さな障がい児だった頃から

伝えていくことが大切でした。

ということです。

障がいの程度により、それが無理なら仕方ありませんが、

それならば、付き添う職員の方々。

職員の方々、お願い致します。

最低限のルールを守ること。

くらいの手本はご本人達に見せてあげて下さいませんか?お願い致します。

例えば、

ゴミをあちこちに捨てないとか、

小さなお友達には親切に、とか、

順番を守るとか、

保育園の頃、先生から教えて頂く

最低限のルール。

 

バスを待つ間の障がい者の方と職員の方々の会話。

会話がしっかり成立していらっしゃる方も

中には何人かおられましたね。

会話が成立する理解力をお持ちの方には是非とも

職員の仕事の一環として、

順序良く待つ。

という事だけでもお伝えください。

障がい者だから

優先されて当たり前。

と言う氣持ちをそっと横に置いていられるように。

 

⚫︎優先してもらうこと。

⚫︎配慮してもらえると有難いこと。

というのは全く別のものですよ。

全く別のものです。

もちろん本人達の意思を尊重する。とか、

そんな事とも

関係のない事です。

 

どうかお願いしますね。職員の皆さま。

そこは履き違えませんように。

 

その精神を持ち続けている限り、

障がい者や障がい児が、

いわゆる普通の社会に溶け込み違和感なく

そこで生きていかれるなんていうことは、

無理なのです。

子供達に一言も声をかけず、障がい者の方とバスに乗られた職員の方々。

あなた方は、

障がい者だから優先されて然るべき。

という思いを抱かれていらっしゃるかも知れません。

かも知れません。

ですが職員の方々。

あなた方は優先されて然るべき。

という意識に便乗しないでくださいませんか?

いや、便乗というより、

利用者さんを大切に大切に大切に想う氣持ちが

そのように行動として現れているのかもしれません。

ひたすら利用者さんの為に。

という掛け替えのない思いがあるのだと思います。

そのお気持ちには頭が下がります。

職員の皆様に支えられての日々です。

職員の皆様の優しい氣持ちに嘘はないと思っております。

 

子供達は、

障がいがあっても無くても、1人の立派な大人の方。

という眼差しで皆さんを見つめております。

 

障がいがあっても、皆さまは立派な大人で、

ただ1人の人です。

 

障がいがあっても無くても、

ただ1人の大人の人として

どうぞ他者を慮る事を

忘れずにいてください。

 

それを知る機会がご本人様に無かったとしたら、

どうか、職員の皆さま。

障がい者に知る機会を

与えて下さいますように。お願い致します。

 

職員の皆様。

障がい者から

体験する機会を奪わないで下さい。

 

手を出し過ぎて、

何でもかんでも誰かが手を貸してくれ、

自力で何にかを成そうとしなくなり

優先されて当たり前という感覚の

残念な大人にしたくありません。

 

会話が成立する理解力をお持ちの

障がい者の皆さまと、

その皆様と日々を共にしてくださっている

施設職員の皆さまへのお願いです。

障がい児を育てている母からのお願い。

行くゆくは

子供の誰かは

作業所などへの就労もあり得るからこそのお願いです。

障がい者という以前に

1人の立派な大人の人として、

日頃関わりの無い人に対しても

優しさや労わりの氣持ちを持っているということを

表現できる機会を奪わないように、

お願い致します。

過度の手出しは、障がい者に対する

存在のディスカウントに他ならないのです。

障がい福祉に携わる皆様。

何かしてあげたいと思ってくださって

いるとしたら、どうぞ勇気を持って

見守ると言う選択をして下さいませんか。

そのひとの人としての素晴らしさを

助け過ぎることで発揮出来る機会を

取り上げてしまわないように、

お願い致します。

もちろん、親として

子供達が人として成長できるように

心を尽くすことを途中放棄致しません。

 

この先の未来は

障がいは個性。

と言う言葉が空々しく聞こえなくなる。

そんな日を

心から心から心から心から

目指している

母からの絶叫!!でした。

 

あー、感情こもっちゃう^^、