1つ前の投稿で

気にされた方もいらっしゃると思います。

『意地の悪さ』

という言葉です。

 

子供たちには

悪意。

という認識を持って

何かを行なっていないけれど

結果として何かが傷ついた。

という季節があります。

また、

悪意。

という認識を明らかに持って

何かを行いたくなる(コレを意地の悪さという言葉で表現した)

時期もあります。

 

あるのは

ただその事実だけ。

 

そこに対して

私は

『良い』

『悪い』

という言葉は書いていませんし

そう思っていません。

 

年齢的にそう言うものだろうな。

と、思っているだけで、

 

だからそれが、

良い

悪い

という視点は

ありません。

 

残った結果は

 

『三女の落胆』

 

で、

これも

単に観察したもの。

で、一つの結末。

 

読んだ方のなかに

何か不快感があったとしたら、

さぁ、

その不快感は

どこから来たものでしょうか。

 

 

子供と向かい合う時に

 

大人が思う子供らしさってこういうもの。

という思いで、

理想と言う名の幻想の視点からみていると、

 

悪意のある子供

 

という想像図が

とても嫌なものとして

思い描かれることでしょう。

 

(しかし

生まれながらに

意図して悪意のある行為を行う子はいません。)

 

読んでくださった方は

いかがでしょうか?

子供らしさ

ということでさえ

主観が沢山入っています。

 

私達は子供に

自分が思う子供らしさというものすら

要求してしまいます。

 

以前から三女は時々

 

子供らしくない。

発言が多い。と、

心配してくださる先生がいらっしゃいました。

でも

三女は

「私がどう考えようと私の自由」

というスタンスを変えなかったので、

終いには

理屈っぽい。

というお墨付きまで頂きました。

さあさ、

いかがでしょう。

 

三女。

という存在。

見た目は

大人しそうで

あまり物事にリアクションせず

控えめに見える人。

が、

心の中には柳のようにしなやかで強い意思があって

実は家庭内で一番取り扱いに気をつけている存在。

三女の胸の中では

大人への問いが一杯詰まっています。