「困ったひと」、「変わり者」、「ダメなやつ」、「空気が読めない」、「失礼なひと」、「自分勝手」、「乱暴もの」など、あなたの周りにもこのような「迷惑なひと」、いませんか?
学校、職場、ご近所など、どこにでもこのような傾向を持った方もいらっしゃることでしょう。
そしてその当事者は、社会やコミュニティに馴染めず嫌われ、敬遠され、悪い噂の対象となってしまっていることも多いのではないかと思います。
孤立し、「村八分」にされていることもあるでしょう。
でも、考えてみてください。
一般的にネガティブなものとして捉えられているこれらの傾向は、「いけない」ものなのでしょうか?
社会の一員として生きていくためには、「普通」のコミュニケーションがとれるということが最低限の条件なのでしょうか?
当然、空気が読める、人の気持ちがわかるということは、コミュニケーションを潤滑に行うために大切なスキルですし、できた方が良いにきまっています。
ですが、こういう「普通」のコミュニケーションをとることが困難な方たちが、実はたくさんいることにも目を向けて頂きたいのです。
そのような方にとっては、悪意があるわけではなく、あなたの「普通」がわからないのです。
そして、「発達障がい」といわれている方は、このコミュニケーション力に問題があることが多く、その特徴のひとつとなっています。
「普通」ではないから、社会に参加できないということはいえないはずです。
なぜなら、「普通」とそうでない領域の境目が曖昧だから。
もちろん日本は法治国家ですので、法律に違反するような犯罪行為は許されません。
犯罪ではないけれど、「普通」を求められる社会に於いて、その曖昧な枠からはみ出てしまう迷惑な行為、困ったひとは存在し、そんな「普通」でないひととは関わりたくない。
なぜなら、そんな方と付き合うことはあなたも不快だし、面倒なこともあるでしょう。
よくわかります。
それが「普通」ということなのでしょう。
「普通」のひとはそうだと思います。
でも実は迷惑の度合い、程度の尺度は人によってさまざまで、法律で決まっていることから逸脱する場合の判断は、誰が行っているのでしょう?
そしてそれは「正しい」ことなのでしょうか?
今まであなたにとっての「普通」が、あなたの周りの方にとっての「普通ではない」ことってありませんでしたか?
「常識」なのだと疑ってもいなかったものが、実は「非常識」だったということ、誰にも経験があると思います。
この「普通」とか「常識」って、誰が決めたのでしょう。
おそらくあなたもご両親からの躾であったり、学校や地域のお友達、職場など、さまざまなコミュニケーションからの蓄積によって、いろいろな価値観のなかから、「これが普通なのだ」という基準、感覚を培ってきたことでしょう。
でも、それ、「あなただけの基準」になっていませんか?
おそらくあなたの普通は、あなたの周りでは主流派の価値観であり、その価値観の幅の中で、他人に迷惑をかけないことは、この範囲の枠の中で行うことだという感覚をお持ちなのだと思います。
そして世の中は、この主流派の価値観の幅の中に、多くの「普通」が収まることで、バランスを保っているともいえます。
ところが実態として、お国柄とか、県民性、地域性という違いは存在するわけです。
このことからも、実はあなたの普通と思っている価値観は、とりまく環境や時代によって少しずつ変わってくるものだということはご理解いただけると思います。
発達障がいをお持ち方は、多くの方が感覚として持っている「普通」が、わからない、理解できないということが少なくありません。
だから当事者は「なぜ私が嫌われるのかわからない」し、周りの方にしてみれば、「理解できない」、「不快である」から関わらないという図式になっていることが多くみられます。
あなたも、迷惑なひと、困ったひとに対して、理解に苦しむということはありますよね。
でも、理解できたとしたらどうでしょうか?
あるいは、理解をしようと努めてみることはできないでしょうか?
発達障がいについて考えるとき、この「理解しよう」という気持ちがとても大切なキーワードになると思います。
それと、あなたの「普通」の幅、境界線をひろげていただく寛容さ。
でも今、世の中を見渡してみると、SNSではあちらこちらで炎上し、メディアからのニュースには利害関係を多分に忖度した、印象操作ともとれる報道も散見されます。
つまり、曖昧な「普通」の境界線が、以前よりも狭まってきていると感じます。
それも、脅迫的に「普通」であることを求める風潮です。
これは、主流派の価値観から外れたことはどんどん叩かれて潰されてしまうことになります。
発達障がいであろうがなかろうが、もっと多様な価値観を認め合い、尊重しあえる社会にはできないものなのでしょうか。
それには、あなたの理解、寛容さを必要とします。
理解が進めば、不快なことも少なくなるでしょうし、発達障がい当事者がどれだけ救われることでしょう。
見た目では障がいがあるとはわからないことが多く、だから一層「普通であること」を強制されてきて、でも、できない、わからないから排除されてしまうという歪みについて、あなたが起点となって、理解の境界線をひろげていくことが周りの方にもひろがっていけば、それはいつかあなたの「普通」も尊重され、誰かの「普通」も尊重される社会に繋がっていくことだと考えます。
だからお願いです。
まずは理解するところからはじめてみませんか?