深夜、父が亡くなりました。

 

僕は父とはあまり会話がありませんでした。

父は家族にとって、少なくとも僕にとっては、迷惑な人でした。

色々な方にご迷惑をおかけしてきました。

 

大恩ある方に仇で返したことも一度ではありません。

仕事よりもギャンブルを優先して、借金も重ね、お陰で我が家は常に貧乏でした。

 

人当たりが良く、お調子者で、見栄っぱりで、カッコつけてばかりで、でもいつも本質とは違うものを選択して、周りは迷惑を被る。

友達もできず、悩んでるポーズをとりながら、お酒を呑んでは大口をたたく。

僕は嫌気がさし、父の姓も捨て、家族とは疎遠でした。

 

男として、人として大嫌いな父でしたが、母はそんな父と「添い遂げる」事にこだわり、実際にそうしました。

友達がいないから、母と父の夫婦は喧嘩しながらも、そこにしか拠り所がないのか、仲良く暮らしていました。

 

母が癌に倒れ、入院してから亡くなるまでの5か月。

実は父の方が先に癌に冒されて体調が悪かったのに、気丈に、献身的に母の面倒をみていました。

でも元来の気の弱さから、まさに母が旅立つその瞬間には、見ていられなかったのか病室から出て、その瞬間は立ち会いませんでした。

でも、そんな気の弱い父のことも、情けない男だった父のことを、添い遂げる相手として選び、実際にそうした母を見て、母にそういう選択をさせた父という男を、同じ夫という立場として羨ましくもありました。

 

その父は、やっと最愛の母の元に行きました。

迫る死の恐怖と痛みを、持ち前のおめでたさ、軽さで、乗り切ったのだと思っています。

入院してからも、禿げてきた頭を隠すために帽子を被ってたカッコつけたがりの情けない男。

そんな男でも、彼は僕の父でした。

 

あちらでは、待っていた母と、文字通り永遠にいて下さい。

息子として誇れるものが思いつかない人でしたが、母の夫としては世界一でした。

 

いつまでも、幸せに。

これ以上、人に迷惑かけるなよ、親父。