伊勢神宮の予定が、愛知県蒲郡の竹島に変更。

思いつくままの気まぐれな我が家の旅です。

暮れゆく海辺の夕陽を見ながら

風の音を聴いて

空を見上げると

大きな鳥が風に乗って渡って行った。

「風を見つけて。風に乗ったら、、、あとは風に任せて」

足元の波に目を移す。

「波に合わせて、、、」

波に合わせて、、、の後は聞き取れなかった。

高校生の頃、

部活終了の下校時刻に、

混み合う駅構内にある、

壁際のベンチに座って

人が改札口から出てきたり改札口に入っていたっり、

お喋りしてるグループがいたり、

忙しそうに足早に人の波をすり抜けて歩く人がいたり、

ゆったりした観光客や

日焼けした登山者など

そう言った駅によくある風景を、

まるで私は駅の空気にでもなったかのような

氣持ちで、

何時間も座って眺めていた。

全く時間の感覚を忘れてしまうので、

あっと言う間に時が過ぎていた。

かと思うと、

実家から見える山の頂上の木が

風に揺れる様を

やっぱり何時間も眺めていた。

まるで私が

木そのものにでもなったかのように感じられて

それは氣持ちのよいものでした。

私はその時間がとても好きで、

また

わたしにはその時間が必要でした。

そして、

今もそれは変わらなかったのに、

なぜ、

その私を

私は自分の選択で

彼方に追いやってしまっていたのだろう。

学校に行かない選択をした娘がいる。

娘が今必要としているのは、

その感覚を持ったままの私。

社会的な役割を果たさなければと、

社会と相撲を取っているかのように

社会の役に立とうと

躍起になっている私ではないのだと、

今日は

海と海の風と波が教えてくれました。

あの頃の感覚を失わず

なおかつ社会的な役割も果たす。

そのバランス感覚が

今必要になっています。

とさ😌

おしまい🌊