『あなたの話しは意味がわからない。
頭がおかしいんじゃないの?』

『どうしてお姉ちゃんみたいになれないの』

『どうして皆と同じにできないの』

当時小学生だった私に、
母が投げた言葉でした。

それを傍で聞いていた姉も
事あるごとに私に
精神科に行けば?
と冷笑したものです。

その言葉が
その後何十年も
私を苦しめて来たのですが、

右脳優位の状態とは
どのようなものなのか。

それを理解できる人は
当時
私の身近には誰もいませんでした。

それでも幼い私の中には
私は精神的な病ではないと言う
確信がありました。

私自身を信じ、その確信が
今まで私を支え

家族以外の社会の中で
励ましてくださる友人や先生方に出会い、
私の右脳優位の世界を
笑い
喜びと驚きの眼差しで信頼されることが
さらなる大きな支えとなりました。

なんとか
この年齢まで
不器用ながらに生かされ

その後

様々な学びを通し、
ようやくあれは、
右脳優位の状態である事を知り
それを
認め
受け入れることができました。

このような私が

家族から放たれた言葉によって、人が怖くなっていた私は、
社会生活を送ることに
かなりの努力が必要な種類の人に成長したにもかかわらず、

それでもなぜ社会に出て
仕事をしていこうと頑張っていたのか。

夫は家にいても大丈夫。

と言ってくれていたにもかかわらず。

やっとその理由が分かったのです。

「皆と同じ事をする」「皆と同じことができる」ということにこだわり、皆と同じことができるという事を証明したかったから。
だから、働くことにこだわり

ただその強い思いに押され
それを証明したいがために

わざわざ学びの深い仕事を
選んで来たのでした。

これは
まさに
自分自身との戦いでした。

皆と同じ
と言う呪縛から解き放たれることが出来なかった

自身との戦い。

私の世界で
今日
ひとつの戦いが終わりました。

皆と同じにできなかった。
皆と同じと言う幻想のなかで
本当に頑張った。

母から
投げられた言葉の呪縛が
ようやく溶けていきます。

ひとつの出来事を
ひと文字ひと文字丁寧に
水で洗い流していくように。

いま
母は8人の孫のおばあちゃんになり、
一風変わった孫たちのおかげで

あの当時の私のことを受け入れることができるようになったようで

例えば
学校に行かれない理由が言語化できなかった
当時の私への行いに対し

ごめんね。


言ってくれるようになりました。

孫を愛することで
物の捉え方が変化し広がり深くなったのでしょう。

ひとつづつ

ゆっくりと呪縛から解き放たれ

また新しい発見の日々の始まりです。