ギュウづめの食卓。

地味めな食卓カラーをモノクロで誤魔化します☺️

今日は次女のお誕生日。トレーの上とその近辺が

次女の夕飯。

今の体調では夕飯の外食はとても無理。

食べたいものをお家で作ってお祝いにしよう。

次女が食べたいものは、

絶対お肉、というのかなと想像していたら

「和食。焼き魚にして。秋刀魚がイイの」

と、静かに言うので、

拍子抜けしてしまったものの

体力戻っていないので、

かなりホッとしました。

せめて器だけはお気に入りのものにしようと思い

次女のものはベトナムの赤絵の高鉢、中国の極彩色の牡丹の小鉢、

日本の作家さんの器など(ベトナム食器と中国食器は中が地味だったり無地で外側の写真撮ればよかった)

秋刀魚(夫が焼いてくれた)

卵焼き

ゆっくり煮た、なめこ

焼いただけのシシトウ

長芋短冊わさび抜き

肉じゃが(秋刀魚に続いた次女からのリクエスト)

生姜だけの薬味のお豆腐

お味噌汁(夫が作ってくれた)

ご飯(三女が炊いてくれた)

大根おろしを摩り下ろす体力が無くなって、

ナメコオロシにしたかったナメコは

軽く味付けした出汁で煮たものになりました。

煮豆を煮るにも間に合わず。

見た目にも大根おろしは欲しかったなあ。

でも、満足。

体力戻っていない割に

私の分担を作ることが出来て嬉しいです。

お誕生日会も、地味に身体に優しいお料理も。

派手では無いけど出来て嬉しい😊


病は氣から。

病にならないに越したことはないのだけれど、

私は何事も体験して実感して肚に落とし込むと言う

方法を選んで来ました。

そのため身をもって

身体で感覚として覚えたい。


病んで寝転んでしか得られなかったものもありました。

例えば

天井の角ってこんな形だったんだ。あ、思っていたより埃がない

。足元の散らかりように目が行ってしまうけど

以外と綺麗に掃除していたんだなあ。気がつかなった

というくだらない感じのものや、

やるぞ!という気持ちと

やる。という気持ちの感覚の違いはコレか。

(コレの詳細は省きますが😅)

体調が著しく悪いときの断食数日の効果。

という類のことまで様々で。

変化の過程は皆同じではないですから、

各々の成長の仕方で納得しながら進めばいいかな。

と思って^_^

適当なユルサ。程よい緩やかさって、

気持ちにゆとりが生まれませんか?

病まないように自分を見つめる作業でさえ


度を越すと

病んではならない。

という呪縛になってしまうかも。

それは

精神衛生上よろしくないようにも思えたりしています。

先月末だったか今月すぐっだたかな?

疲れたーーーーーーー!!!

病気になって合法的?(🤣)に仕事を休みたい!


と、心から願った数日間がありました。

そして

願いが叶った。と言うわけです☺️


今回は寝ながら

自分の残りの人生について思いを巡らせてみました。

思い出したかった感覚とその使い方は復習できたので

次はいよいよ実践です

コレが実践出来れば人生も選択パターンも大きく変化すると思う☺️

息子のことを

三年寝太郎のようだ。と思っていましたが、

私こそ三年寝太郎を地でイケルと思います。



『自分の行為や発言がどんな人の自由なる決意にも干渉しないように配慮せよ』

最近とても気をつけたいと思っていたことが文章で書かれていましので、

めもとして📝

シュタイナーのとある本の一節。