上の写真の絵は

tデザイン事務所代表デザイナーTさんが

なにやら上手くいかなくて屋台でお酒を呑んだくれている絵。

だそうです。

三女の画。

体調崩してから仕事をお休み頂き

お陰様で私の心地よいペースで、心地よい声のトーンで話す時間が多く

静かに過ごせました。

お休み頂き感謝です。

自分の心地よい声のトーンとリズムのお陰で

心に生じる胸の奥のザワザワにも若干気が付きやすく過ごせました。

ザワザワしたものは違和感として残りました。

これから書くことは、

非常に敏感なウチの子の場合。ということです。

全ての非常に敏感な子がそうとは限りませんが、

特に

ハッとした事は

子どもに寄せている期待。

例えば

学校に行かない代わりに何か極められるものがあれば良いな。

とか、

学校に行かない代わりに家事だけは完全にマスターして欲しい。など。

子どもに向けてそれを言おうとした時

胸がざわざわ言いました。

このザワザワって何だろう?

考えました。

アッ、期待ですらこの人たちには余計なお世話だ。

それから、

ちょっとした議論の場では

子どもに

出来ればこう思って欲しい。

というような意味合いを持って子どもと話しているとか。

これは明らかな

誘導!

非常に敏感な人たちにこれで接すると息が詰まってしまう。。。。

言葉そのものの前に

先ずは全肯定されているという空気が先。

忘れていた。イヤイヤ、出来ていると思っていた。

出来ていなかったんだ。

非常に敏感な子は

そこに漂う空気感だけでも自分にとって不快であれば

心が追い詰められてしまう。


空気に過敏に反応する子たちには

一見するとポジティブに見えそうな期待でも

時に自己を抑圧せざるを得ないような圧力。

とさえ感じられたしまうのだったな。

ひたすら、そのままを見るように。

まるで理科の観察をlしているように。

それにしても

私は一体どこを向いて生きていたのだろうと、

思った。

やあ、ただいま。

子どもたち☺️


家で久々にジックリと三女と過ごし

ハッとしました。

学校に行かれない理由の中の一つは

先生の期待した通りでなければならない。

という空気も辛かったのに

家で同じ空気感を纏わせては休めたものじゃありませんね。

敏感な人たちには言葉に表出されていない

その後ろ側。がどれだけ透明度が高いか。

という事が大切なのに

いつの間にやら

親らしいフリしちゃって

横暴に振る舞っていたな〜😅