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三女が通い始めた、フリースクールの通学路。写真は是非大きくして見て欲しいです!

木の枝に降り積もった雪が太陽の光で暖められ、サラサラと枝から降ってきます。

美しいなー。この地で生まれて、でももう寒いのは嫌だ、冬は嫌だ、

暖かい国に引っ越したい。

と言ってみても、この美しき一瞬の世界。

冬には冬の美しさ凛とした清々しさを感じると、雪道の不便さも一瞬忘れる。

本題に戻って、

フリースクールに通うことを選んだ三女。

フリースクールに通うという事は通常の勉強を放棄する事なので

教科書通りの勉強せず将来どうなっちゃうのかと、、、

かなり気にかかりました。

社会人として使い物にならなくなってしまうという様な恐怖というのか。。。

フリースクールの登校が

普通の小学校のl登校日数としてカウントされるかどうか

現在小学校と教育委員会の方で検討中だそうです。

三女が通い始めたフリースクールは開校2年も経っていません。

まだこれからフリースクールという形を整える段階。

なので形が出来上がっている場所に子供をお願いする訳じゃないので、

校長先生と子供たちが一緒になって学校そのものを作りあげている感じです。

その為、子供たちが自分はこれがやりたい、こんな事もしたい、

などその辺りが明確であり自主性があることが大切かなと感じます。

でも、何にもしたくなくても良いのです。

何も思いつかなくて良いのです。

フリースクールに来て、先生と会話したりゲームしたり

もっと言うと本読んでるだけでも良いのだそうです。

それをやりたいなら、気がすむまでやれば良い。

何もしたくない、という状況を気がすむまでやるのも良い。

そういうフリースクールに通い始めました。

朝8時半から9時の間に登校です。

週に二回調理実習、ボルダリング、野外活動(釣りなど)、創作活動、

技術的要素のある活動、

国語的要素のある活動、算数的要素のある活動など

一応大まかに週単位の活動は決まっていますが参加不参加も自由です。

また、自分のl一ヶ月の大まかなスケジュールを子供たち自身が作り

それぞれに計画を進めます。自主性が必要で、そして

親にもフリースクールは色々な意味で挑戦です。

既成概念ガチガチでは親が辛くなる。

三女、今9歳です。

9歳で こんな大事なこと焦って決めなくて良いんじゃない?

そう思いました。

せめて週に2、3回は普通に小学校に行って勉強してみようか?

保健室登校はどうかとか。

もしくは支援級に週一日通う。とか。

あらゆる提案をしました。でも聞く耳持たず。

過敏ゆえに私が思うよりはるかに学校生活を耐えたのか、

『行かない』

そう決めた三女を小学校に戻す事は無理でした。

3年間三女なりに頑張って、もうすっかり見切りを付けたようで

どんな説得にも応じなかった意志の強さに、私が根負けしました。

穏やかそうな大きな目の奥に、ひっそりと隠れていた意志の強さ、情熱。

それから悲しみ。

そして潔さに、密かに格好良さを覚え。

虐められて乗り越え、大好きな人達との身を切るようなお別れにも耐え

そしてl再びイジメられ。そして乗り越え、それで学校に見切りを付けました。

『持久走大会が終わったら学校にはもう行かない』

それを忠実に静かに実行して、

自分の望みを叶えた三女。

負けなかったな。どんな説得にも応じなかった。

本気なんだね。

そうか、それなら望みを維持できる様精一杯協力します。

自分はどうしたいのか、何がしたいのか、

子供は全部知っているんですよね。きっと。

子供の心(魂)を邪魔しない様にそっと見守る事だけが

本当は親の仕事。

子供は自分の声をないがしろにされなければ、自分が何をしたいのか

きちんとわかっていますね。

子供の声を聞きとる耳を持ち続ける事が私がやってあげられることです。

それからひたすら信じて見守る事です。

子供たちそれぞれのl人生を邪魔しない様に。