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自閉症スペクトラム障がい。

我が子たちは自分たちがどうやらその様だと知っている。

母の私も、怪しい。

お父ちゃんは普通らしいよ。

上の二人が大変だった。三番目の子が産まれるときは

夫婦揃って腹を括っていたので、もう診断がついても驚かなかった。

4番目の時もそう。腹を括っていたので。

むしろ、いわゆる普通である子どもとして産まれることが珍しく感じた五番目の子。

夫婦の足並みはそろっていない様で揃っている。

ただ、こんな状況の家族が、

困っていないなんてあり得ない。という前提で私達を見る方がいる事。

それが困る。

困ったふりしてあげないと

悪いかしら?なんて思ったりしてしまうので。

私はズケズケと夫に気持ちを出してしまう。議論好きなので止まらない。

夫は議論、面倒な人。喧嘩になるのも恐れてる。

私、喧嘩になるの歓迎。

言いたいこと言った後は仲直りすれば良いから。

私は子どもとぎゃ〜ギャ〜騒いでる。

夫、それを静かに眺めてる。

私は閃いたことをパーッと一気に話したくなる。

夫、言いたいこと、静かに胸に秘めてる。

その姿、イラっとするけどそれでいい。

それが夫。これが私。

違いを埋めるなんてしません。これでナゼか

なんとなくバランス取れてる。

 

夫婦の形は色々でいいと思います。

子どもたちの事もそう。

困って無いんです。

もう困って無いんですよ。でも、いろいろと困ったふりが必要な事もあり。

それでも、

今、困って無いっ!て、大声で叫びたいので書いてます。

私達家族が困っていないということを一番伝えたい方がいるのですが

その方がこれを読むことは恐らく無いのですけど。

書かずにいられない。

 

子どもの障がい。

それは名札を頂戴しただけのもので、

障がいという言葉には実は大した意味を感じていません。

障がいというレッテルが、子どもたちを傷つける。

と仰る方がおります。障がいという名札を頂戴した事で傷つくというより、

障がい児、者、を取り囲む周囲の目、対応に傷つくのですが、

それを理解している方が余りいないのが今の我が家の現状です。

過度に保護しすぎると障がい児の存在のディスカウントにつながります。

ゆっくり時間をかければ出来ることを、時間内にできないが為

過度に手をかけ過ぎてしまうことで挑戦のチャンスを奪ってしまう。

その対応に傷つくのです。

そのことと、障がい児という名札で傷つくということは、また別のことである

と思っています。

これは…独り言です。