信じられない

父は本の虫。

その影響を受け、私にとって本は欠かせないものになりました。

写真の本は、父が定年以降に読んでいた一冊で、

この類の本が実家には何冊こ揃っていました。

内容からすると

“なぜ生まれたのか?”

“なぜ生きるのか?”

“心って何なのか。”

“感情とは?”

という内容の問いかけをずっとずっと行ってきたのだろうことが

痛いほど感じられます。

父にとって

生きることは大変なことだったのかも知れません。

生きるって大変。

生を引き受け生き抜くって大変。

言葉の少ない父の無言に近いその人生態度を

わたしは肌で感じ

我が物として父を真似、取り入れたのでしょう。

人生とは修行。

仕事は敢えてキツイことを引き受ける。

これも修行のため。

私はそう思っていた節が大いにある。

まだまだ、こんな自分ではダメ。

何を目指してそう思ったのだろう。

ダメ。を探すとキリがないものだ。。。。。

これも欲に近いものなのかも知れない。

ダメ。を求めている。

もうコレをやめる時。

気が付いたのでやめられる。

次女がショーに出演するたびに

「わたしは総理大臣になって世界中の生き物が平和に…」

という事をナレーションしていただいていたのだけど、

次女と関わりのある先生がそのショーの動画を見て

「総理大臣になりたいなんて、ネタ作りなんでしょ?」

と仰ったそうで、

次女は驚いていた。

ショックなのだけど、

純粋に平和を願う思いを抱いている人がいる。

と言うことを信じられない人がいるのだ。

ということに驚き、泣いた。

その先生にお世話になるのは多くても月に一度あるかないか

。長くて一時間、

お世話になるくらいの方で

次女のことをよく知らない。

にも関わらず

次女の事が目について仕方ないらしい。

子どもの純粋さを信じられない大人。

大人の病み(まさに闇)を感じる。

先生もまたどこかの時点で人生を諦め

でも諦めきれず心の奥底では

父のように

何故

、問い続けているのかもしれない。

もう一度くらい見つけてみたいだろうし信じてみたいはず。

自分の中にある純粋な気持ち。


でなければ

世界の平和

が私の内なる平和

と繋がっている。と信じ

深く考え素直に心の声に従う次女を

関わりの浅いその先生が

アレコレと次女の行いに注目するはずがないのでは?

と、思う。

いま数える必要のあるものは、

ないもの、足りないものなんかじゃないのだな、きっと。

胸の内に封印してしまった

私という存在そのものへの祝福を

今一度思い出し信じてみる事なのかも知れないな。


それさえ思い出せたら、

目の前の人に対しても、

きっと自分の鎧が外れるから

人生がいろいろスムーズになると思う。

私もその先生も。

信じ切って委ねることは

人生の全てをコントロールできると信じて生きてきた人には

なかなか難しいのだと思うけれど、

人生には

コントロール出来る部分とコントロールできない領域とがあるとするなら

私という存在そのものが祝福されている。

そして

あなたの存在そのものも祝福されている。

という頭だけでは理解し得ない領域を

小さな頃のように信じてみた方が

人にも自分にも優しくなれるのかなと思う。

私の存在そのものが祝福されている。

そう信じて

純粋に丁寧に生きようと

さらに思うのでした


そうそう

次女はそれでも、

世界の平和が私の内なる平和。

と信じている

自分が揺るがなくてなによりですね

、次女。

それから、次女は最近、

一般の高校に進学するかどうかについても

その先生の言葉の投げ方で二人の間に誤解が生じていたのだけど

「〇〇先生の言うことにも一理ある部分はあるの。」

と呟き始めている。

。。。。ゆっくりゆっくり雪解けを迎えていくといいな。

特徴のある子にはちょっとしたアドバイスにも

なぜ、それをあなたに伝える必要があるのか。と言う説明を

端折ったらダメなんです😊

高校進学の話も

そこを端折って話してくださったので

次女には

なぜその話しをする必要があるかが理解できず

誤解が生じた次第でした😅

お互いの関係性も大切ですね。

色々あり

話しが飛んでしまったけど

まあいいか😊

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