芽吹きの予感

季節外れの写真ですが

緑の頃が恋しく緑の森に行きたくて仕方がありませんので

この写真です。

遊ぶの大好き🌲🌳

父は山男でした。

私はだから山に近い森が好きなんだ。

今日も父のことを

仕事中もたくさん思い出していました。

私の父は明らかにイカレタ人で

病んでもまだ暴れる父とは頻繁に会う気持ちになれません。

仕事では暴れる人が怖い。と、さほど感じないのは、

血が繋がっていないからなのでしょう。

仕事を離れればこのかたとも離れることが出来ると、

割り切れるので。

でも、家族でも

離れている事がよい。

そんな場合がありますね。

私は、

小さなころ、


父に多くの愛を受け取って貰えました。

受け取って貰えた喜びは

今も心に根を張っている事を感じることができます。

大嫌いで殺してしまうのじゃないか。とさえ思った父ですが、

幼いながらに感じていた父の不安定さを愛ゆえにイカレタ父に悲観し、殺して楽にしてあげる。

と、思ったのかも。

自己中心的なイカレタ愛です。

これもまた、一風変わった矛盾と共にある愛の表現なのでしょう。

憎しみの影にあるまっさらなもの。

そんなことで、私は非行に走るわけでも無く、

一見すると普通に学生生活をおくり、


様々な方に支えていただいて今日があります。

その根っこに

イカレタ父が無言で私の愛を受け取ってくれていた

安心感が土台となって、

受け取る心地よさも覚えていきました。

受け取ってもらえた喜びは溢れて与える喜びとなって芽を出しました🌱


どの子もきっとそう🌱

今一本の木の成長を見届けつつあるので、

私はこれからさらに新しい芽を出すところ🌱

また小さな芽🌱から始まって

私の中に一本の木を育てていきます🌲🌳

あ、今ふっと思ったのですが

父は願いが叶わなかったのではなくて、

それを選択しなかっただけ。

という事なんだ。

教師になりたかったけれどならなくて、サラリーマンになった。

父はサラリーマンになることを選びとっただけ。

この道を今回は選んだだけ。

それを、夢破れたとは言わないのだ。



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