増えているのは希望の印

5番目の一歳のお誕生日。

せなかに背負っているのは一升餅。

なんでも食べたがる時だったので、

御祝いのケーキなんて出さない。

代わりにいちごソースのババロアを作った。

お父ちゃんはアメリカに出張で不在の一歳のお誕生日。

小さな五人。

かつて小さかった五人。

いわゆる発達障害の人たち

今日は次女が夕飯を準備してくれたので

時間があり、

仕事から帰って

以前読んで居た本を引っ張ってきた。

NVCについて書かれた

マーシャル.ローゼンバーグの本。

今、

生き心地が快適ではない社会の、

閉塞感を打ち砕くのが

いわゆる発達障害と呼ばれる子どもたちなのかなと、

改めて思う。

本文に

フランスのジャーナリストであり小説家のジョルジュ.ベルナスの一節が書かれている。

“長いこと考えて来たのだが、破壊するためのテクニックがますます向上し、いつの日かついに人類が地上から姿を消すことになったとしたら、私たちの消滅は、非情さが招いた結果ではないはずだ。そしてまた、非情さが招いた憤慨や報復のせいでもなく、それに対する報復のせいでもない。

それよりも、現代人の従順さ、責任感の欠如、あらゆるつまらない決まりをおとなしく受け入れるところに原因があるのだ。

私がこれまでに見た恐ろしい出来事、もう間も無く目の当たりにするであろうさらに恐ろしい出来事は、世界中で反逆者が増えているからでも、反抗的で扱いにくい人びとが増えているからでもなく、従順で御しやすい人間が確実に増えているしるしなのだ”

大人しいけれど従順ではなく、

かと言って反抗的態度を取るというわけでもない。

大人しいけれど従えないルールには乗っかれない。

人の目は然程気にせず

穏やかさを好む。

意味なく競争することは苦手。

望む世界は中庸の状態を維持できる世界。

何者でもない僕。、

何者でもない私。

で在りたいと願う人たち。

自分の持っている力を発揮できるその瞬間を、

そっと目に触れぬところで待っている。

ただ、

その時。

というのは、本人にしかわからないので

動くタイミングをこの子たちが見逃さないように

外野はワーワー騒がずに、

外野である親も、外野としての人生を歩むのではなく

外野という役割を果たしつつも自分の人生を送って行くんだ。

今まで以上に増えていく我が子の仲間たち

増えているということは、新しい変化の時を告げる合図。

希望の芽はすっかり大きくなっておそらく双葉の時は過ぎ去り

確かな一本の幹となりつつあるのだと思う。

非常に敏感故、発達障害と言われてしまうこどもと暮らす親御さんへ。

他と交われない子の性質を悲観することなかれ。と、

お仲間の親御さんにはお伝えしたい。


返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です