庭の土筆とムスカリが雪に埋もれています。

春の雪

嬉しくて気持ちよいので

仕事から帰って5番目娘と庭に出ました。

私が嬉しそうだと子どもたちも間違いなく嬉しそう。

どこのお家の子どもたちも

我が家の子どもたち同様

大好きなお父さんお母さんに幸せでいてほしいと望んでいます。

お父さんお母さんの嫌なところも解っているけれど

それでも子どもたちはお父さんお母さんが大好きだから

喜ばせようと必死になってしまう場合があります。

この場合の

よろこび

は、こちらの「悦び」と言う字をつかうのかと思います。

例えば、子どもの話が面白くて

お父さんが久々に笑ったとします。

すると、

滅多に子どもたちの話で笑うことがなかったお父さんのリアクションに

子どもたちは嬉しくて

うるさく思われるほど何度も同じ話をしたとしますね。

認めてもらえた喜びと共にあるのは

大切な人が笑顔でいてくれるというぜんていのない純粋な悦び。

不安で不機嫌で喧嘩ばかりのお父さんお母さんを

傍らで見つめている子どもは、

大きな不安の中に押し込められて行き

大好きなお父さんお母さんや家族が

穏やかに笑顔で暮らせないものだろうか?

と、小さな心で一生懸命考えています。

お父さんお母さんの日々の穏やかさと笑顔について考えて

笑って欲しくて自分のこと以上に必死になる。

でも、献身的に愛を注ぎすぎ、

いつの間にやら自分の心の声よりも

他者の望みや期待に応えようと自動的に頑張ってしまう。

そうなったらもう、子どもをコントロールするのは簡単です。

子どもが

自分の在りように疑問を持つようになった時、

他者から認めてもらって自己を維持し続けてきた癖を

ストップするための作業もまた

成長した子ども自身が苦しみつつ、取り組まないとなりません。

私はそれを行い続けたわけですが、

非常に長い間学ぶ必要がありました。

大人は誰かを幸せにする前に、

自分から積極的に幸せを感じ取る力を養う必要があるのだろうと、

思います。

子どもにこう在って欲しい。

と望むことがいけないのではなくて

先ずは

あなたがどうであれ、あなたが私の期待に応えられなくても

私はあなたと共にいるだけでこんなに嬉しくて幸せだ。ということを

伝えることができますように🌿

そしてどうぞ子どもの許可なく期待など寄せておきながら、

大人の思い描くように子どもが動かなかった、という理由で

勝手にガッカリすることなどありませんように🌿

かつての母と私と姉に🌿



ウーーーン、眠くなり文章がまとまっていません😅おやすみなさい💤