理解して


これはどうしても書いておきたかったのですが、

書くことにも勇気のいる事ではありますが、


ここの所、

子どもたちや、職場を見ていて思うことは、

障害を理解して欲しい。

という態度で生きることを、

やめることが必要な時が来る。

という事です。

理解してほしい。

という受け身(依存的態度)のような、



その言葉は、

なかなか多くの人の心に響かないものです。



その障害が元で嫌がらせを受ける事もありますし、

意地悪される事もあります。

理解されることを願い

理解されるよう働きかけるかも知れません。

それと同時進行で行う必要があるのは、

こちらから(障がい者から)

あちら側(健常者といわれるグループ)に切り込んでゆく事。

理解してほしい。という態度を脇に避けて

一人の人として

こちらからも働きかける必要があると、

思っています。


次女を見て特にそう感じました。

ペンと紙があれば、話せなくてもいい。

意思疎通は出来るわけです。

だからといって、

同じようにコミュニケーションをとろうとしてくださる方に、

次女と会話するときは

同じようにペンと紙を持って来てください。

と、相手に求めるのは違います。

それが出来なくてもこの方法、

この選択もダメならあっちの方法。

と、様々に、手はあるわけです。

寄り添う。ってなんでしょう?

同じことをする努力をする事でしょうか?

自閉症の場合では、

信頼関係を築く「前の」段階として、

その方と同じ行動をとる。

と言う手法は有効ですが、

今必要なのは

その先の次の段階として、

コミュニケーションを取る段階に移った時の

コミュニケーション手段は様々である。

と言うことを身をもって示すことなのかなと思います。

あれが出来なくても、これが出来なくても、

私たちとコミュニケーションを取る手段って

こんなにあるのですよ。

と、

当事者が、または、保護的立場の人が

いわゆる一般的に障がいのない人たちに

働きかけること。

同じことができる。または、同じことができない。

と言う、

その思いが、

人と人を隔ててしまう原因にもなっている。

という気がしています。

わたしにはこういう特徴があって、驚かせてしまう事があるかもしれないけれど、これが私なのです。

このような私ですが、

それでもあなたと仲良くなりたいと思っています。

どうぞよろしくお願いします。

と、

軽やかにニコやかに朗らかに誠実に一生懸命お伝えしていくことが、

これからは必要なのでしょう。

あなたと仲良くなりたい。と、言うことを、

軽やかにニコやかに朗らかに誠実に真剣にお伝えする。

純粋な気持ちを乗せて。

言葉の裏にある感情はクリアにして。

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