先日、

夜、お友達三人と夕飯。

と言いつつお酒も少し楽しんできました。

そのお店で最後に飲んだ豚汁。

大きな器にたっぷり!

一気に満腹になりました。

三人で美味しいものを分けあって食べて飲んでお喋りする。

分かち合えるということはこんなにも心地の良いもの。

ただ美味しいものを一緒に食べ、安心してお喋りするだけ。

安心。

というのがとても大切なのですね。

今朝の私のブログ。

その考えに至るまでの道のりがあり、

また、

その思いに至るまでの道のりには

やはり様々な方の手助けがあったからこそ。

大きな安心感に包まれた時

理解して欲しい。

という思いを、外に求めることを手放すことができました。

なにより

安心の源を思い出せたのは

こうした友人の力も大きいですし、

支援センターの先生方や、

病院の主治医の先生リハビリの先生方

学校の先生方のおかげ。

そして子どもや夫を始め家族のお陰。

初めはなかなか上手に話が伝わらなかった学校の先生方とは、

理解してください。

というお願いの仕方をやめたときに

状況は変わり始めました。

こういう事についてとても困っているので、

こうしたいと思っていますが、

それについて先生方にご協力して頂けないものかどうか、

一緒に考えていただけるととても助かります。

など、

理解してください。

という言葉を一旦引っ込めてみます。

あまりに意思疎通が難しい場合、

勇気を持って登校をしない。

という選択肢もあり、

子どもが登校できない日々が長引くと

学校側から動きがあるので

辛抱強くそのタイミングを待つ。

という方法もあります。

様々な気持ちの中で

様々な体験を通し安心を得る速度は違いますので

なにが起きても大丈夫。

と思えるまで

好い加減の安心感で満たされたタイミングで、

次なる目的地を見つけることが

最適かなと思えます。

やはり

受け身の体制でいるだけではなく

自らも自分らしく社会に対して動けるように、

親も子どもも考えをシフトさせて行く必要があるので

そこに至る道は

歩くテンポが違うのと同様で、

それぞれが得た安心感によって

至る時間も速度も違うのだと思います。

沢山の安心感をもとに、

無理のない快適な速度で各々が歩いていくことができるといい。

そして、

その速度もテンポも違ったっていい。

和音だけを目指さない、不協和音の面白さを

楽しめるようになれると

世界は一変でハッピーに変わるのだと思います。

何番目の子が描いたのか分からなくなってしまいましたが、

絵の写真ひっくり返ってしまいました💧直し方わからない😅