できることなら

この楽園のような場所で

今年は自然農が出来ることになりました。

大切な人が営むイラムカラプテの

大切な自然農の畑の一部。

今日、

鬱のひどい次女を土に触れさせたくて

ジャガイモの種芋の植え付けと

春撒きのカブのタネの

条まきを行いました。


大地をお母さんのお腹と例え

お母さんのお腹を不用意に切り裂かないよう

そっと開腹するように草をかき、少しだけ

種芋のためのスペースを大地から貸してもらいます。

命を作る。

そんな感覚です。

去っていく命。

自然の流れに従い去る命。

自ら去ることを選ぶ命。

育まれ生きる命。


という言葉が

今は殊更に強調され胸に響きます。

死ぬ。

ということは

なぜか途轍もなく当たり前と感じ


生まれる

ということに大きな意味があるのだと

今日は身に染みます。


長くても短くてもいいんです。

納得のいく人生を

できることなら歩んでいきたい。


生まれることはとんでも無い冒険の始まり。

出来ることなら

生きて欲しい。

でも

死ぬほど辛い。

という気持ちがあるということは否定しない。

さぁ、あなたは

どう生きる?

問われるのはいつもそこ。

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