多次元宇宙

 昨夜は満月。

眠るころは

 

雲の中🌕

 

 

 

私たちは同じ時を生きていますが

 

 

時々

 

同じ時を生きながらも別次元に生きるひと。

という人たちを見かけます。

 

 

 

 

特にそれを感じたのは

 

ちょうどお花見の時でした。

 

とある東京でのイベントの後に

お花見の席を設けていただいたとき。

 

 

夕暮れを迎え風がひんやりしてきたのと同時に

 

多くのお花見客の方々が

宴席の近くに設けてあるゴミ箱に

ゴミを捨てにきていました。

 

 

すでにゴミはゴミ箱から溢れかえり

 

ゴミ箱の半径1メートルはゴミが転がり出ている状態。

 

 

 

ですが、

ゴミ箱の上を見上げれば

 

それは美しい桜の花々が

 

ゴミ箱から溢れたゴミとは無関係に

 

咲き乱れていました🌸

 

 

見上げればすぐそこに

手入れの行き届いた大木に咲き乱れる桜の花🌸

 

 

そこにゴミを捨てに来る方々は

ゴミ箱にはゴミが入らないため

 

半径1メートルくらい溢れ出ているゴミの山の一角に

 

二メートルほど離れた位置から

 

ゴミを野球のボールを投げるように

 

放り投げて行く方が

 

たくさんいらっしゃいました。

 

 

 

私が書きたいことは

 

 

その行為がいけない。

 

と言うことではなく

 

 

その時に

 

その出来事に出会い

 

もう同じ次元では生きていない人たちが

存在しているのだな。

 

と、強く感じた。

 

と言うことを書きたいのです🌿

 

 

私の世界では

 

満開の桜の花を見て

 

その下がゴミ箱でも、

 

ゴミ箱からゴミが溢れていても

 

 

満開の桜の花の下で

 

その圧倒的な美しさの下、

 

その命の儚さと美しさに敬意を表する気持ちが湧きあがり

 

ゴミを野球ボールのように投げ捨てる気持ちにはなれないのですが、

 

 

そんな感傷的な事には振り回されない人たちが

 

すでに存在しており

 

 

 

感性の違いをまざまざとみた思いでした。

 

 

同じ時に生きていますが

 

 

 

違う時を生きる人たちが

 

すでに存在している。

 

先日の朝活で出会った

 

人様から楽しいお話を聞かせていただいたお礼に

 

二千円をさしあげます。

 

というユニークな発想で活動をしている方も含めて

 

 

まるで別の星の人を見ているような気持ちになった

 

過ぎ去った春の日の出来事でした。

 

人はまるで様々な惑星のよう。

地球という場に集まっている

 

様々な宇宙。

 

住んでみたいと思える宇宙。

この星は快適に過ごせないかもと思える宇宙。

自分なりの宇宙の中に生きて

今というこの時を

共にここで過ごしている不思議🌌

 

 

この感性の大きな違いの中を快適に生きていく

秘訣があるのだと思う。

 

それはきっと

 

どの宇宙も美しい。

 

ということ。

 

美しさの基準ですら

皆違う。

 

 

その人にとってそれは美しい。

 

というその人の中にある事実を認めること。

 

そして

私は私の美しさの中を生きること。

 

出会ったら

宇宙同士がぶつかり合わない距離を保ちつつ

 

心地よいご挨拶を忘れずに🌌

 

昨日の満月。

 

上の写真から一時間ほど待つと

 

月が顔を出していました。

 

 

私はいま

 

私の軸。を、

 

確かなものとしている時。

 

 

満を持して。

 

といえるその時まで

 

よく聞き

 

よく見て

 

私は私を育てていきます。

 

 

 

 

 

 

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