笑って

息子が

 

テレビを観ながら笑っています。

 

ほとんどテレビを観ない我が家。

 

日曜の夜のとある番組は観ます。

 

 

テレビを観て笑っている声を

 

私は隣の和室でウトウトしながら

聞いています。

 

 

学校に行かれない日が多い。

人づきあいも苦手。

 

人の感情の揺らぎに敏感で、

人の不穏に過度に耐えられず

限りなく穏やかを好み

なのに御本人様は誰よりも騒がしい。

 

理屈っぽく

とある分野にはとても興味を持ちますが

そうでない学びにはあまり興味がなく

 

学校のお勉強は遅れていますが

 

 

 

笑っている声を聞くだけで

 

それ以上何を望むというのだろうと

 

思ってしまいます。

 

この人たちがいられる場というのは

 

恐らく

 

どの子供にも居心地の良い場であることは明白。

 

 

 

ご挨拶。

言葉遣い。

食べ方。

姿勢。

など、

 

家での細かなルールはありますが

 

それは人と共に過ごすために必要な

最低限のマナーとして

 

伝えておきたいこと。

 

それが定着していくまでには

親として口を挟みますが、

 

何を考えているのか

なかなか親に話さなくなってきた最近は

 

多くの言葉よりも

行動で、

大切に思っているよ。

ということを伝えて行く段階になってきました。

 

 

話すまで待つ時間があれば

 

一緒にいつまでも座って

言葉を待ってあげたい。

 

話してくれないから。と言って立ち上がりその場を離れず。

 

同じ方を向いて

息子の声にならない言葉が聞こえるのを

ただ一緒に座って静かに待つ。

 

 

たとえその間に話してくれなくても、

 

一人その場において立ち去る姿を見せるより

 

一緒に座っているだけで、

 

子どもは恐らく

見放され突き放された
気持ちに陥ることはないでしょう。

 

 

 

今夜は笑っています。

 

今日、私が仕事に出ている間は

何をして過ごしたのかな。

 

詳細はわかりませんが

 

笑っている声を聞くだけで

まぁまぁ平和そうでイイね🌿

 

と、

それ以上聞く必要を感じなくなります。

 

親の価値観。

 

この家の適度なルール。

 

人と心地よく共に生きるための知恵として

必要最低限の適度なマナーを子どもに伝えることは

 

大切なことだな。

 

伝える時に

 

子どもにきちんと、

何故そうしてほしいのか説明を添え、

 

伝えること。

 

 

 

子どもに

何故を添えて根気良く伝えることで

単なる親の価値観の押し付けではない場所に

きっと出会えるはず。

言葉を煩く思うお年頃を迎えた息子には

 

 

言葉より

親の背中。

 

再び

言葉が通じあえるその時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

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