ひとりっていう自分。

昨日は木崎湖で一日を過ごし

お陰で汗をまったくかかずに居られるという

有り難い時間を過ごしました。

 

本を読むとか絵を描くなど

一切せずに

ひたすらボーっとして

時に冷やすため水の中に入ってみたり。

 

なんにもしない一日。

 

なんにも考えない一日。

 

少しは脳内も休憩出来たことと思います。

 

夕方6時近くまで

桟橋で魚を物色中の二人組みや

ヒンヤリしてきた水の中でお名残惜しくて

泳ぎ続ける人や

ハンモックやベンチチェアでうとうとする人。

湖水にひたすら石を投げている人など

 

時間の許す限りゆっくり過ごしました。

今日は今日でまた午前中の用事を済ませた後

午後から

近くの遊水池へ。

ここは湧き水豊富で潜るとエメラルドグリーン。

そしてニジマスと一緒に泳げます。

遊水池に来たのは

5番目と私だけ。

私は今日は水に入れる支度をしてこなかったので

5番目ひとりで水にプカプカ。

「ひとりでお水遊び、寂しくない?」

と、私。

「ううん、大丈夫。あのねひとりって言うもう一人の自分が一緒にいるから、ちっとも寂しくないの」

と、5番目。

 

ハッと目が醒める私。

そうだよね😌

 

自分が自分と仲良しって

こう言うことなんだよね。

前にも5番目は同じことを言っていたなぁ…

 

それに一人でいても

脳内では常にさまざまな役割を持った

自分。が、何人も登場しながら

自分自身との対話を進めているのだから、

その言葉は全く根拠のないことではない。

 

向かう世界は常に私の中。

つい先日も仕事絡みで

正義を振りかざしすぎて

結果的に破滅的な事態を招いた事象を見させてもらったばかり。

 

そのことを思い出し

白か黒のハッキリとしたコントラストに思いを馳せる。

 

少し前に出版された絵本で

桃太郎の昔話を

上空から見下ろした視点で物語を描いていく絵本を読んだ。

 

鬼から見た桃太郎の鬼退治。

 

思わず

お父さんお母さんを殺され

取り残されたかもしれない小鬼の存在思いを馳せる。

小鬼は物語の中には登場しないけれど

累々と積み重なる鬼の亡骸から

思わず想像をしてしまう。

 

いま

あらゆる所に欠けてしまっているのは

想像力なのだろうね。

 

想像力の欠如は

一箇所から見ただけの正義をふりかざす。

想像力があれば

様々な角度から物事を観察するだろう。

様々な角度から物事を観察して

観察から選択へ移行するわけだけど、

選択するときの基準は

想像力が豊かであれば恐らく

誰にとっても優しい選択肢がいくつかあげられるようになる。

選択肢が多ければ

黒か白か。

という

ハッキリとした境界線で物事は区切れないことに

気がつくのであろうと思う。

グレーを受け入れる余裕と優しさ。

グレーでも良いのだという余裕。

そこにこそ

優しさが存在しているのだろうと

私は感じる

昼下がりでした。

ほら、

この木の

枝を払われた後の切り口。

 

木のお爺さんが少し寂し気に

笑っているように見える😌

 

 

 

 

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