いろいろ。

 

今日も暑くなりますね🔥

毎日水辺に通う子どもたち。

2年前は桟橋からジャンプすることを怖がっていた三女

 

今はヘッチャラです。

 

飛ぶ。

って、

最初はドキドキだよね。

一度やってみてコツを掴んで仕舞えばもう平気。

そのあとは

何度でも飛び込めます。

 

 

そんな三女。

小学生当時

学校に行かなければならない。でも行かれないと言う葛藤を経て

                            ⬇︎

学校に行かなくてもいい。という気持ちに収まり

                            ⬇︎

日中は学校には行かないことを決める。

という道を辿りました。

 

夕方は時々気が向けば支援級に遊びに出かけ

少しだけ勉強をして

あとはパソコンで先生がゲームのお付き合いをしてくれたり

二人で工作したり。

おやつを食べたり

運動したりと

自由。

いま

4番目長男も学校を休みがちです。

 

二人の共通点は

入学前には

学校で学ぶことに大きな希望を抱いていました。

二人とも自然の中にいることが大好きだったので

森や水辺で出会う不思議を解明できる!

もっと詳しく植物について学べる!

という期待でいっぱいでした。

 

学校に入ってみると、

いくら待っても

望む形で望むような学びの時間がなくて

先生に少しでも良いので

図鑑を持って外に出て貰えませんかと

お願いするものの

 

時間があればやってみますが

時間が取れないのでそのような学習は難しいかも。

というお返事。

 

先生たちにこれ以上ご無理を押し付けられ無い。

さぁどうしようかなぁ。

散々考えて

その後の姿が、いまの姿となりました。

 

学校はいっても良いし行かなくても良い。

学びは学校だけに限らず

学びたいことを学べる環境がある場所に行けば良い。

先生方にご無理言って

お互いに疲弊しかね無い話し合いを重ねるよりも

望む場に私たちが移動していけば良い^^。

 

大切なのは

日々の子どもたちの心の満たされ具合であって、

学校への不平不満を抱きながら

子どもの本音を隅へ押しやり

登校させることではない。と、私は思う。

 

学校にいかれなくなった敏感で優しい子は

学校に行かれるようになるといいなぁという親の心の中の思いを感じ取り

子どもの本音は

学校に行きたくない。

と思っているのだけど、

学校に行かれるようになりたい。

と言葉にすることがままある様に思う。

学校の先生方との話し合いがスムーズに行か無いのは

知らず知らずの間に

お世話する側される側としての

目に見えない主権争いの様になっているからなのかも。

そうなると話し合いは平行線。

またいつのまにか

学校という場が

子どもにとって快適になっている日が来るかもしれない。

その時に

学校に戻ってみても良い。

 

それならば一旦地域の学校から離れて

子どもたちが日々の暮らしを穏やかに過ごせる場に移動して

学校から離れていった子供達がステキな笑顔で暮らしている姿を目撃してもらい

なぜ、子どもたちが学校から離れて素敵な笑顔で生きているのかを

教育機関の皆様に知ってもらい考えて貰えるようになると

公の学校が変化していくのかな。と、思う。

 

仕事。家事、育児。

そこにきて学校の先生との話し合い。

それらお母さんが一人で請け負うと

かなりの精神力が必要になる。

お母さんも楽しんで生きられるように。

 

子どもに

あなたのお陰でお母さんは大変なんだ。

という暗黙のメッセージを送らなくても良いように。

お母さんが自由でありますように。

 

あ、、、最初に書きたかったこととかなり内容が違う( ・∇・)

 

 

 

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です