13歳

八月十三日、松川村と池田町の花火大会🎆

 

翌日十四日は安曇野市の花火大会🎆

 

そして十五日。

終戦記念日。

というよりも本当は

敗戦の日。

 

戦いが終わった日ですが

日本が戦争に負けた日です。

 

子どもたちには

戦争で人を殺して欲しくありません。

 

平和を希求する私にとって

結果的に憎しみしか残らなかった。

という行いは

非合理的な行いでしかありません。

 

 

もう二度と戦争はしない。

と、私は決めています。

 

 

松川・池田の花火大会の翌日は

 

安曇野市の花火大会。

 

三女のお誕生日は

安曇野市の花火大会の日です。

 

安曇野市の花火大会は今年で13年目。

三女出産の陣痛が始まった時

安曇野市の第一回目の花火大会が始まりました💧

花火大会の渋滞の中を

陣痛の間隔の時間を測りながら

あー、もうこれは車で産まれちゃうかも。

と思われるほど

 

陣痛の時間の短くなるのが早いこと早いこと!

病院に着く前に産まれるかと

ハラハラしました(・・;)

 

花火大会と共に三女は歳を重ねていきます。

 

三女が産まれる直前。

 

三女の頭が見えた時は

羊膜は破れておらず

する〜〜っとした感覚があり

痛みを然程感じず

とても楽だったことを思い出します🌿

 

聞くところによると

羊膜が破れずに胎児が出て来るというのとは

 

妊娠期間を通し母体に

ストレスがかかっておらず

心も体もリラックスしている証だとか。

 

ですが当時の助産師さんもそのような事は知らなかったようで

 

あらあら、珍しいね〜。羊膜が自然に敗れるかなと思って様子みたけど破れないから

羊膜を少し切りますね〜。

切って破水させてお産を進めてしまいましょう。

 

 

というような事をおっしゃったのち、

ただちにハサミのようなもので羊膜が切られ、

破水し、

破水のショックで腹部の張りがかなり強まり

 

三女は、

スポーン!!

という感じで

勢いよくこの世に飛び出してきました。

 

…今思えば

羊膜を切らないで欲しかったなぁ…

 

羊膜をまとってって生まれるというのは希なケースだそうで、

 

母体にも胎児にも

負担がかからないお産になるそうです☺️

どうりで

楽チンだった訳だ。

 

 

もう産めませんが

また女性に生まれることができたなら

羊膜付きで産んでみたい^^。

 

また羊膜付きのお産が出来そうだったほど

私の代わりに

上のお姉ちゃんたちのお世話に勤しんでくれた

夫や姑に感謝で一杯です。

上の花火の写真

 

受精が行われる瞬間。

のような写真に見えるのは私だけかしら☺️

 

命は不思議で

そしてどの命も等しく尊い。

 

全ての命

幾久しく

とこしえに

守り給え

幸わえ給え

 

 

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