嫌いでも大丈夫な話

私を嫌いな人

私のことを苦手な人。

 

それを感じ取ってしまう私がいて

 

様々な人の中では

とても楽しかったり

敏感に感じ取ったりで、

疲れ果ててしまう時があります。

 

帰宅すると

倒れ込んでしばしゴロリと休憩。

 

様々な人の中には

私を受け入れてくれる人

私を友としてくれる人もいて

 

ありがたい気持ちと

私を苦手と感じている人からの眼差しの狭間で

必要な眼差しだけに集中するよう心がけて

凄まじい集中力を使います。

でも、

 

私を嫌う人がいてもいい。

私を苦手と思うひとがいてもいい。

私にも嫌いな人がいて

私にも苦手な人がいる。

 

 

 

そんな時は

その場からそっと遠ざかる。

 

もう少し話してみたら重なり合う部分があるかも知れないけれど、

話そうとして話せるわけでもない。

話すタイミングがある。

 

その時にまた話してみたらいい。

 

わたしには少し変わったところがあり、

ずーっと昔、

お付き合いしていた人が

知らない女の子をその人の部屋に入れていた場面に出くわしたことがある。

 

とても傷ついた。

女性としての価値が無いと言われたようで。

 

そして私は二人を置いて部屋を出て行ったのだけど、

 

帰り道

「私はもしかしたらあの女の子と

仲良くなれるかも知れない」

と、真剣に思ったことがあった。

 

同じ人に注目できるという似たような視点の持ち主の子だから、

もしかして

仲良くなれるんじゃ無いかと。

 

…結局

仲良くはなれなかったけれど、

私はそんなことを

真剣に考えてしまうところがある。

 

 

 

私を嫌いと思っていてもいい。

人が人を嫌いとか苦手と感じる理由は

心の奥底にあるその人の何か。に、

私の言葉や体験や経験や存在が、

触れてしまうからだと言うことが分かっているので。

 

 

だから私を嫌いでもいい。

私のことを苦手と感じていてもいい。

 

私が心の底から誰かを真に嫌う。

ということがない限り

貴方が私を嫌ってもいい。

私は多分

誰かのことを、誠に嫌いになることは無い。

私が誠に嫌わなければ、

またどこかでいつの日か

重なり合う部分が見つけられる日もあるかも知れない。

 

いつどこでどちらに転ぶか分からない。

転んだ先が

もしかしたら

素敵な眼差しに出会えるきっかけに繋がるかも知れない。

 

 

嫌われてもいい。

避けられてもいい。

 

そのように

ネガティブな反応であったとしても

誰かの琴線に触れられるだけの私で良かったかも知れない。

 

嫌いや苦手が心地よさに転じることもあるかも知れない。

そんな可能性を秘めているから

 

生きていくことは面白い

わたしには

ちょっとだけ勇気が必要なのだけど、

人と出会うことは面白い

 

 

 

 

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