中学懇談会

今朝も朝焼けは美しかったのですが

朝から5番目のお喋りが止まらず

静かに眺める。

は、お預けでした。

 

 

夕方

中学の懇談会があり、

4者懇談会なので三女は私と共に

学校に行きました。

三女は久しぶりの中学です。

 

今日の夕方は中学に行く。

というたったそれだけのことでも

 

三女は私が想像も出来ないほど緊張していたのだと思われ

 

懇談会が終わり帰宅すると

リビングに横たわったまま動けません。

 

横たわりながら

 

「あーー、終わった〜。あーー、本当に終わった〜〜」

 

と、大きな声で独り言です。

 

 

登校前は緊張でお腹が痛くなったものの

 

でも学校には行くからね〜。

 

と言うので

一緒に行くことになりました。

 

学校への要望などを聞かれ

 

「何もないよ。なーんにも無い」

と答えており、

先生方との関係はとても良好な様子。

 

でもなぜ登校できないのか。

 

そこが本人にもわからない。

 

ただ

以前からも私に話してくれていたことを

先生にお伝えすることで

何か道が見えるのならと考え

家庭での様子を聞かれたときに

 

 

 

小学生から中学生になった途端の

 

お友達の言葉遣いの変化にビックリしたことや

小学生当時は

よく涙を流していた男の子の

日頃の立ち居振る舞いが突如

横柄で乱暴なものになったことや

 

女の子の明らかなマウンティグなど、

気持ちの沈む方向への大きな変化にもビックリしていて

本人の気持ちが追いつかないこと。

 

何かと言うと

「殺すぞ」

「死ね」

「ウザっ」

を使う人が増えていること。

 

それを聞いていると

自分のことでは無いのに泣きたくなること。

 

なぜかと言うと

 

三女の中に言葉に対するある種のルールがあり

人に向けるのに最適な言葉と

人に向けるのに適さない言葉。

と言うものを分けているため

殺すぞ

死ね

 

をお友達同士が冗談交じりにでも言い合うことに

ビックリし、

そのあと

その言葉は人に向ける言葉としない。

と、決めている三女自身の決め事が

ひと昔前の忘れ物のような気持ちすらして、

自分の価値観ではこの子達とはやって行けないのではないか。

と、自信を失ったようです。

 

と、お話しました。

 

だからと言って

何が悪い誰が悪いと言うこともなく

そう言う時代の風潮として

そこは先生方にどうかしてください。

と言うお願いが出来る事ではないこともわかっているので、

どのような工夫をすれば

快適に学校で勉強が出来るのか。

学校でそれらの言葉を耳にせず授業に参加できるのか。

それを探る足がかりになれば良いと思っています。

 

勉強が嫌いでは無い。

人と多く関わらなくても人が嫌い。と言うわけではなく

穏やかに快適に愉快に過ごせるなら

ただそれだけでいい。

でも、なぜそれが多くの人にとって難しいことになっているのかがわからない。

意地悪せず意地悪言わず

思っていること感じていることを

そのまま話を聴けば良いじゃん?

それのどこが難しいの?

 

なんでテストの点数見ただけで

テスト死ね。っていうの?

 

なんでちょっと軽く冗談言っただけで

殺すぞって言うんだろうね。

泣きたくなっちゃう。

 

と、話していくれます。

 

まぁまぁ、

何はともあれ

 

美しい月夜。

 

満月です。

 

 

満月そのものを見上げることより

 

照らし出される雲を眺めている時間が長い

美しい月夜。

 

このお話に

結論はありませんが

 

 

先生方のお知恵拝借しながら

学校に行かれるなら行きたい人の

今後をゆっくり後押しできればと思います。

 

学校でお友達と穏やかに過ごし

そして

勉強を先生から教えていただき

のんびりした穏やかなペースで暮らす。

 

その願いが叶う日は

遠くないと思われます。

 

 

あ、朝になりました。

今日も

素晴らしく穏やかで平穏な一日の始まりです。

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