生誕祭前夜、お空に還る

昨日の朝から

体調を崩していたウサギのトラちゃん。

 

今日の午前中、

10時12分。

 

子ども5人に見守られ

天に還って行きました。

 

あと3年くらいは一緒にいられるだろう。

なんて、たかを括っておりましたが

急にその日はやってきて、

生きている時は

あまり自己主張しないウサギのトラちゃんに甘え

飼い主の次女、

時々お散歩を弟や妹にお任せ。

 

最近は妹や弟のほうがたくさんお散歩してました。

 

次女、

愛とともに

最近少しお散歩をサボっていたという罪悪感もあるからなのか

昨夜は一晩中

ソファで

トラちゃんを抱いて、

見守り過ごしていました。

 

午前中、

弱まっていく呼吸の様子を見つめ

最期

大きく何度も口を開けて息を吸い込もうとしていたのだけど、

とうとう力付き

その呼吸は肺に届かなかった。

 

小さな声で鳴いて苦しそう。

でも

ああ、こんな声も出すんだね

抱っこが嫌いだったトラちゃん

弱まる命のおかげでようやく思う存分抱っこ出来、

こんなにも小さくて軽かったんだねと実感し。

 

散々泣いて、

 

次女、

 

トラちゃんが亡くなった後から

風邪のような症状が出て声が出なくなりました。

今日の午後から

次女は声を出しません。

 

どんな命を見つめていても思うのは

 

存在していることそのものに意味がある。

 

ということです。

 

役割があるから

存在している意味がある。

 

のではなくて

 

存在。が発生したので

 

役割が生まれた。

 

のだと思う。

 

 

存在が放つ電気信号(電気エネルギー)が

世界に影響を与えている。

 

存在が無ければ

役割の発生はないのだと思う。

その役割を担うのも

存在の自発的な思いから

役割が発生していくことが

自然なこと。

 

 

本人以外の誰かが

その役割の有益性を問うこと自体不自然なのでしよう。

 

 

 

 

そんなことを

ウサギのトラちゃんの死から

思いました。

 

ありがとう。

トラちゃん。

今もまだ一緒にここにいるような気がしています。

 

クリスマスイブに

なにも空に還らなくても良いのになぁ。

でも

この日を選んだのですね。

トラちゃんは。

 

寂しいな。トラちゃん。

可愛かったね。

ありがとう。

また会おうね。

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