空気

子どもを尊重する。

 

とは具体的にどんなことだろ。

 

 

…人は終生孤独を心の底に抱き

それは他者と分かち合え無い領域のものだと考えるとしたなら、

 

我が子どもですらも

完全には理解し得ない存在です。

 

理解し得ない部分がある。

そこがもしかしたらもしかすると、

尊重する。

という行いの鍵なのでしょうか。

 

本を読んでいるときにみつけた、

 

もしかしたら子どもは

先に愛が欲しいのではなく、

一人の立派な個として

尊重されたいのでは無いか。

 

という言葉に出会い、

 

愛を与えたい。

 

という親の一方通行な思いの前に

子どもは大人や保護的立場の人や親からの

尊重された記憶や体験が後押しとなり

 

尊重される行為を愛として定義付けするのかな。

(ここはまた書き換えると思う。そして、その根っことして何かを愛してしまうという生き物として自然な働きもあるのかも)

それはなかなかユニークなことだ。

 

と、思ったのです。

それでは尊重とは?

 

簡単に言うならば

 

よく分からないけれど、あなたはそうなのね。

 

と言う事なのか。

 

 

親子の間には

 

勝手に育まれる愛

 

というものが存在しており、

 

親という立場になり手をかけ育てていく間に芽生えた愛を

親子だから当たり前に気持ちよく相互に交換できるものだと

思い込んでいたので

その思い込みに

ハッと気がつきこの言葉が心に留まりました。

 

そうすると

 

気になる長男の

ゴロゴロ寝転んでボンヤリしている姿や

釣りのことで頭がいっぱいの会話や

釣りについてばかりを調べたいところも、

釣り道具にお小遣いの殆ど全てを注ぎ込んでしまうところも

 

ちょっと離れてみていると

ユニークな特徴の持ち主。

 

…そう、この感覚だ。

 

尊重ってこの感覚。

ちょっと眺めている感じの距離を保つ事で

困った人から

観察するにはちょうど面白い人。

へと変化する。

長男は長男の世界があり

私は私を生きる。

 

改めてやっと、

 

この感覚を思い出し少し

力が抜けてきます。

 

 

年明けから

コロナウイルスについて

色々調べていきました。

夫は各地を出張にまわるので

気になります。

子どもはショーに出る時長距離をバスで移動するので気になって。

 

調べている時

武漢在住の一人の女性の置かれた厳し状況と、自らの思いを泣きながら語る動画にたどり着きました。

 

私はその動画を見て

私の今の得体の知れない悲しみや暗鬱とした状態は

ここから来ているのだと知りました。

 

 

動画の女性の叫びと涙と怒りと絶望を一緒に感じとり、

 

動画の中で泣き、怒り、絶望感でやり場のない思いを抱えているこの女性は

これは私だ。と。

 

動画を見終わった後も涙がとまらず

 

この感覚を

受け取ってしまう。

 

(不思議な文章でごめんなさい。)

 

東アジアの空気が…

嘆いており

それを受け取っています。

 

ですが、

 

この感覚の出所が明らかになったので

 

徐々にまた私自身のことに

集中出来るようになって行きます。

 

だから今は

 

予防しつつ

準備しつつ

心穏やかになる言葉や情報に耳を傾けて行こう…

そのために

いまは

安心な場所にだけ出かけるように心がけ

あまり疲れない生活をしています。

 

子どもと少しのお友達と笑って

のんびりと。

いつものように。

 

 

話があちこち飛びましたが

 

 

そんな日々を送っています。

 

尊重

 

なので

 

いまは

この状態の自分を

 

尊重することに決めました。

 

そうしておかなければ

 

のちのち

社会復帰ができなくなりますので^^

 

 

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