父を思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏が戻ってきた

 

この数日の暑さを

そのように表現した言葉を見かける。

残暑きびしい。

車で十数分のところにある湖のかたわらの小川で

五番目娘と水遊び。

足が切れそうなほどの冷たさ。

五番目娘のエネルギーは凄まじく

お喋りが止まらない。

 

 

 

 

 

 

相変わらず私の孤独は増すばかりで

所属を諦めたことを発端としている。

この孤独は要するにそれほどまでに

 

所属に憧れたからだろう。

なので

私は自己内対話の最中でありまた夫は

不機嫌な私には近寄らない。

誰かに話しを聞いたもらいたいのだけど。

それは自分自身で処理してね。

と、夫は伝えているのだろう。

なので自己内対話を続ける。

不機嫌は

孤独だ。ということを言葉として音にできないから。

色々なことを考え続けている。

不機嫌そうだと夫に言われ

父を思い出している。

 

父は父の兄弟たちも認める変わり者という立ち位置の人だった。

いつも一人だったのだろうね。

数少ない友は病で連絡取れなくなり

退職後は

親しかったたった一人の部下からの

お便りが一年に2回ほど届く程度になっていた。

小さな頃から眉間に深い皺を寄せて

いつも何かを考えていたように記憶してしまったな。

 

父は怒鳴るときと事務連絡以外喋らない人だった。

 

余計なことを話せば

余計なことというのは

気楽な会話だけど、

気楽な会話をして

相手に気心を許してしまうと

 

相手に

自分のこの孤独をわかってほしい。と

望むようになるからであったのではないかと

想像している。

相手にそれを望んでしまうと

 

思いが強いほど

望む思いも増し

それは関係が深く結ばれていなければ

してはならない行いであることを

父は知っていたのだろう。

 

同様に

空の青さを眺めながら

孤独を味わう日々の私。

父は空からどのように私を見ているのだろう。

 

 

 

 

 

 

五番目娘の

この無邪気さに救われる。

 

自分のなかに深く深く潜っていくことで

安全な場所にいられる。

それが

書くという行為なのだろうな。

 

夕べはあまり眠れなかったので

とても眠い。

青空に蝉の声。

 

生きている実感。

孤独と苦悩もともに。

生きているからこそ。

 

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